すぐさま到着した救急車には一宮が同乗し、他の人間は車で病院に駆けつける手筈になっていた。
十二単と十日市が車で来ていたらしいが、あれだけの人数が乗り切るかは不安である。
それに、感染症などに敏感となってしまった世の中だ。
この辺りは緊急搬送を処置する場所であり、つまりはそのような人間と、その関係者しか出入りできないのであろう。
ベンチに座り、ただただ七星の治療を待つばかりの一宮。
ふと、廊下の向こう側から、いくつかの足音が聞こえてくる。
二ツ木
――七星は?
一宮
まだ処置中みたいだ。
十二単
どうやら医院内に入れる人数に制限があるみたいでね。
四ツ谷
俺達3人が代表で入れてもらったんだ。
十二単
他の奴らは俺達の車で待機してるよ。
ふと、一宮がそんなことを考えた時、新たにもうひとつの足音が近づいてきた。
菱谷
――あの子の容態は?
菱谷は一宮の姿を確認すると、足早に駆け寄ってきた。
一宮
まだ分かりません。
二ツ木
……この人、誰?
一宮
七星の叔父さんだよ。
菱谷
どうも、あの子の叔父にあたります。菱谷です。
菱谷はそう言うと、警察手帳を一同に見えるように出した。
二ツ木
親戚には警察関係者か。
四ツ谷
正しく完璧を体現したような人だよな。
一宮
あの、こんな時に聞くのも申し訳ないんですが、伍代は――。
菱谷
君達が警察に突き出してくれたそうだね。
菱谷
今、署で事情を訊いているけど、おおむねで犯行を認めたよ。
菱谷
数件の殺人と、可愛い姪っ子の殺害未遂の罪をね。
二ツ木
……数件?
四ツ谷
あんまり面倒にしたくないから、今は話を合わせておけ。
四ツ谷本人は二ツ木にしか聞こえない音量で言ったつもりなのであろうが、内緒話をするにはいささか廊下が静かすぎた。
菱谷
正直、君達がなにをしているのかは知らないし、深く詮索するつもりはないよ。
菱谷
なんせ、あの子がすすんでつるんでいるような人達だ。
菱谷
決して悪いことをしているんじゃないんだろう。
一宮
すいません。
一宮
全てが終わったら、彼女――七星から説明させますので。
そうなって欲しい未来を約束してしまうことで、最悪の結末を避けようとしたのである。
菱谷
――あぁ、そうだな。
菱谷
あの子の両親には爺やを通じて話をしておく。
一宮
すいません。よろしくお願いします。
一宮
爺やさん、きっと心配しているので。
菱谷
あぁ、それじゃ一度、署に戻らせてもらおうか。
菱谷
どうやら、ここにいるのはお邪魔のようだから。
菱谷は事情を知らないものの、あたりに漂う張り詰めた空気で察したのであろう。
菱谷
それじゃ。
片手をあげて振ると、そのまま廊下の奥へと姿を消した。
四ツ谷
――伍代のやつ、完全に十三形のスケープゴートになりやがったな。
十二単
十三形が犯した罪まで被ったってことか。なにがそこまであいつを狂わせるんだ?
四ツ谷
大方、十三形となにかしらの取引をしてるんだろうよ。
四ツ谷
まぁ、警察としてはありがたいよな。
四ツ谷
実はもう死んだはずの人間が、そこら中で事件を起こして回ってる――なんて非現実的な事件を扱うよりかはマシだから。
二ツ木
それで、四ツ谷。いいや【ストーリーテラー】と呼んだほうがいいか。
四ツ谷
呼び方なんてなんでも構わない。俺はただ、少し事情に詳しいだけで、立場的にはあんたらと一緒だからな。
二ツ木
じゃあ、クソ野郎でいい?
四ツ谷
いや、せめて名前で呼んでくれ。
二ツ木
それじゃ改めて四ツ谷、これから具体的にどうするの?
四ツ谷
まず、十三形を例の本屋から引っ張り出す必要がある。
四ツ谷
まだ姐さんは死んだわけじゃないから、絵本の所有権も失ってはいない。
四ツ谷
言い方は悪いが、それを利用させてもらう。
四ツ谷
とにかく、十三形は自分の空間――例の本屋に多くの人間が入り込むことを嫌う。
四ツ谷
特に奴の計画を引っ掻き回した一宮あたり、多分十三形は相当に気に食わないだろうね。
一宮
そのために、十日市は二ツ木と組んでまで俺を陥れたんだろ?
二ツ木
……十日市から聞いたんだね。
二ツ木
その通りだよ。
四ツ谷
呪いの絵本は、曲がりなりにも十三形が作り出したものだ。
四ツ谷
いざ、十三形とやり合う時に、絵本が悪い方向に作用してしまうおそれがある。
四ツ谷
だから、持たざる者が同行する必要があるんだ。
一宮
……うーん、言いたいことがいまいち分からないというか。
四ツ谷
だったら、こう言おうか。
四ツ谷
この世界自体が、十三形の仕掛けてきているゲームみたいなもんなんだ。
四ツ谷
絵本を所有している者同士で勝負をして、勝ったほうが相手の魂を奪える。
四ツ谷
時には相手の願いを叶えることで魂の対価としたり、従えることで対価とする時もある。
四ツ谷
このシステム自体、十三形の作り出したルールなんだよ。
四ツ谷
でもって、絵本は十三形が作り出したゲームをするために使う道具だ。
四ツ谷
絵本を持っている限り、十三形のルールの中でやり合うしかない。
二ツ木
それだとリスクが高すぎる。
二ツ木
十三形にとって都合の良いルールでしかやり合えなくなるかもしれないから。
一宮
だからこそ、持たざる者――所有者ではない人間が必要なのか。
四ツ谷
その通り。
四ツ谷
ただ、これはあくまでも俺の推測でしかないし、これが正しいってわけでもない。
四ツ谷
万全を期すために、あえて所有者と、持たざる者とで仕掛けるつもりだ。
十二単
それで、結局のところ俺達はどうすればいいんだ?
四ツ谷
それに関しては俺に任せてくれ。
四ツ谷
俺に考えがある。