布団を被って呼吸を繰り返すベッドを眺める、ふたつの影があった。
もっとも、その影の内、現実に存在しているのはひとつだけで、もうひとつは怨念と執着心の寄せ集めのようなものなのだが。
四ツ谷
すげぇ生命力だよ。
四ツ谷
やっぱりいいところのお嬢様ってのは、何かを持ってるもんだな。
四ツ谷
今は容態も安定して、わずか数日で一般病棟の個室に移ったわけだし。
十三形
……で、ここで呑気に寝てる女ってのが、何冊も絵本を持ってるっていう女か。
四ツ谷
あぁ、そうだよ。
四ツ谷
俺はこいつの仲間のふりをしていた時期があるから知ってるけど、かなりしぶといと思うよ。
四ツ谷
絶対に絵本は手放さないだろうしな。
十三形
へぇ、そうかい。
十三形
そうなると困るんだよなぁ。
十三形
俺の絵本は誰かの手元に留まるべきものじゃない。
十三形
持ち主を次々と不幸にしながら、様々な人間の手に渡り、欲望に塗れた所有者のせいで、また不幸な人間が増え続ける。
十三形
そうすることで世の中に対する復讐になるというのに、たった1人の人間の手元に留まられるのはまずい。
四ツ谷
だから、弱ってる今こそ――じゃねぇか?
十三形
くっくっく……。
十三形
俺は実体を持っているようで持っていない。
十三形
こっちの世界では擬似的に人間の形をしているだけだ。
十三形
いやぁ、呪いの絵本ってのは凄いよなぁ。
十三形
ルールさえ決めてしまえば、自分の思った通りの世界が作れるんだから。
十三形
そう、俺が存在するという異空間をな。
十三形
さて、それじゃあトドメを刺してやるかな。
十三形
俺の作り出した世界は、いささか失敗だったらしい。
十三形はそう言うと、黒光りするナイフを振りかざす。
四ツ谷
――いつからだ?
十三形
ん?
四ツ谷
いつからこの世界は、お前の作り出した世界になっていたんだ?
十三形
さぁな!
十三形はろくに答えようともせずに、ナイフを振り下ろした。
しかし、ベッドから手が伸びてくると、ナイフを振り下ろした手を掴む。
一宮
――四ツ谷、それどういうことだ?
ベッドから姿を現したのは、伍代からの襲撃を受けてしまった七星ではなく、一宮だった。
一宮は十三形からナイフを奪うと、それを床に放り投げ、十三形を突き飛ばした。
四ツ谷
おかしいと思わなかったか?
十三形
くそ、お前――俺を騙したのか!
四ツ谷
呪いの絵本なんていうものがありながら、それの持ち主が全員ご近所さんだなんてことあり得るか?
四ツ谷
いくら、絵本の所有者同士が巡り合うというルールがあったとしても、もっと様々な地域にあっておかしくないと思わないか?
四ツ谷
でも、12冊全部――その所有者までもが、近所で完結してるんだよ。
四ツ谷
そして、全てにおいて呪いの絵本が最優先とされている世界も奇妙だった。
四ツ谷
一宮、あんたサラリーマンだろ?
四ツ谷
この件に巻き込まれてから、一度足りとも会社に行ったか?
一宮
いや――状況が状況だから、有給の申請をするだけして会社には行っていない。
四ツ谷
十日市だったか?
四ツ谷
あんたの店、繁盛してたか?
四ツ谷の声かけに、カーテンの後ろに隠れていた十日市が姿を現す。
それを皮切りにして、隠れていた数人と、残りは病室の入り口から堂々とみんなが入り込んできた。
明らかに個室のキャパシティをオーバーしてしまっている。
十日市
あ、いや――。
十日市
お店を使うのは、大抵みんなが集まる時くらいで――。
四ツ谷
これだけは事前に言っておく。
四ツ谷
俺を含めて、あんた達はこうして実際に生きているし、しっかりと自我もある。
四ツ谷
だから、間違いなく俺達は現実に存在する人間だと思う。
四ツ谷
俺がこいつの親戚なのも事実だしな。
七星
まさか……。
二ツ木
え?
二ツ木
もう大丈夫なの?
十二単
俺はやめておいたほうがいいと言ったんだが、本人の希望でね。
十二単
肩を貸すことにした。
十三形
ちっ……死に損ないが。
七星
十三形、よくもやってくれたな。
一宮
すまん、話についていけていないのは俺だけか?
九条
いえ、僕もついていけてません。
十一月二十九日
おい、俺にも分かるように説明しろよ。
十一月二十九日
【ストーリーテラー】の旦那。
四ツ谷
いいか?
四ツ谷
俺達が呪いの絵本をもってして勝負を行う時、基本的に異空間で勝負をするよな?
四ツ谷
いや、正確には、俺達が異空間だと思い込んでいる世界に飛んで、そこで仕掛けた側の思うようなルールでゲームが進行する。
四ツ谷
つまり、それと同じことが、かなり早い段階で、しかも広範囲で起きていたんだよ。
七星
やはり、そうなのか……にわかには信じられんが。
四ツ谷
あぁ、姐さんの考えている通りだよ。
四ツ谷
つまり【俺達が現実世界だと思い込んでいる、この世界もまた、十三形が作り出した異空間】なんだよ。
四ツ谷
俺達は十三形が作り出した世界に巻き込まれ、呪いの絵本による争いを繰り広げていたってわけだ。
一宮
ちょっと待て。だとしたら三富とやりあった時のことはどうなる?
一宮
あれは、あえて現実世界に留まることを利用して、三富は――。
四ツ谷
この世界の認知の問題だよ。俺達がこの世界を現実世界だと認知していた以上、現実世界と同じように扱われたんだ。
十一月二十九日
……そうか、伍代のやつはそれをあらかじめ知っていたんだ。
十一月二十九日
だから、殺人なんて大それた真似ができた。
十一月二十九日
十三形の罪を被っても、なんら問題はない。
十一月二十九日
なぜなら、これらの殺人は、異空間――十三形が作り出した世界で起きたことなんだから。
十一月二十九日
いざ、本物の現実に戻れば、おそらく殺された人間は死んだことになるだろうけど、殺したという事実は消えてなくなる。
十一月二十九日
呪いの絵本で相手の魂を喰らっても、現実世界で犯罪扱いにならないのと同じだ。
四ツ谷
そういうこと。
七星
私達はずっと……十三形の作り出した異空間で弄ばれていたということか。