太田豊太郎
俺の学問は荒んでしまった。
太田豊太郎
けれども俺には、正当な学問とは別に一種の見識が育っていた。
太田豊太郎
それは何かというと、
太田豊太郎
ヨーロッパの中で、ドイツほど民間の学問が広がっているところはなかった。
太田豊太郎
数百種類の新聞・雑誌に散らばっている議論の中には、非常に高度なものが多く、
太田豊太郎
俺は新聞社の通信員となった日から、かつて大学に頻繁に通っていたときに養った独自の批評眼をもって、
太田豊太郎
読んではまた読み、書き写してはまた写し、とやっている間に、
太田豊太郎
今までは一通りでしかなかった知識は、自然と総合的になって、
太田豊太郎
同郷の留学生などの多くが夢にも知らない境地に至った。
太田豊太郎
彼らの中にはドイツ新聞の社説すらよく理解できないものがいるというのに。
太田豊太郎
明治21年の冬が来た。
太田豊太郎
表町の人が歩く道こそ砂もまき、鋤をふるって、
太田豊太郎
クロステル街のあたりはでこぼことしているけれど、
太田豊太郎
表面は一面に凍って、
太田豊太郎
朝戸を開けると飢えて凍えたすすめが落ちて死んでいるのもかわいそうだ。
太田豊太郎
部屋を暖め、竈に火をつけても、
太田豊太郎
壁の石を通して、衣服の綿をも貫く北ヨーロッパの寒さは、なかなか耐えがたいものがある。
太田豊太郎
……エリスは2、3日前の夜、
太田豊太郎
舞台中に倒れ、人に助けられながら帰ってきたが、
太田豊太郎
それ以来気分がすぐれないと言って休み、ものを食べると吐くが、それが
エリスの母
つわり、じゃないかい?
太田豊太郎
と初めに気づいたのはエリスの母だった。
太田豊太郎
ああ、ただでさえおぼつかないこの身の行く末であるのに、
太田豊太郎
もし本当に妊娠したのだとしたら、どうしたらいいのだろう。
経済的にますます追いつめられていく豊太郎。続く。