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時刻は17時。
学校からの帰り道をぼんやりと歩いていた。
空の色も、風のにおいも、なんとなく中途半端な時間。
相 原 汐
小さなあくびがひとつ。
授業は早めに終わったし、部活も当分はなし。
制服のまま、だらんと鞄を肩にかけて、私は帰り道を歩いていた。
何か考えてるわけでもなく。 かといって、何も考えてないのとも違って。
相 原 汐
いつも通る、商店街の裏を抜ける近道。
近道を抜けて、顔を上げると
一目先にある小さな公園に、1台のパトカーが止まっていた。
相 原 汐
公園の前には小さく人だかりができていた。
思わず気になった私はそこへ駆け寄った。
何があったのか気になり、人混みの中から顔をだした。
相 原 汐
そこには数人の警察官が立っていて、 まるでドラマのワンシーンのように、 周囲には黄色い規制線が張られ、 地面には血痕とともに白いテープが貼られていた。
相 原 汐
状況に呆然としていると、 警察官の中に見覚えのある人物を見つけて、思わず息を呑んだ。
相 原 汐
少しふわっとした髪。サングラス越しでもはっきりとわかる、キリッとした目。そして、褐色の肌――
間違いなく、あの彼だった。
相 原 汐
彼の深刻そうな表情を見たとき、不意に思い出した。
私がまだ幼かった頃、 毎日のように遊びに来ていた兄の友達が二人いたことを。
1人は、今も稀に交流のある萩原さん。
もう1人が
__目の前の、彼。松田さんだった。
相 原 汐
萩原さんは、昔から妹のように私をかわいがってくれていた。 穏やかで優しくて、会えばいつも笑顔を向けてくれた。
それに比べ、松田さんは正反対だった。
ちょっかいをかけては私の反応を面白がり、 誰かといい雰囲気になると、 まるで独占するように手を引っ張ってきたり……。
あれが好意だったのか、それともただのからかいだったのか。 今でも、うまく答えが出ないまま。
相 原 汐
__けれど、兄が亡くなったあの日を境に、 彼と顔を合わせることは、ほとんどなくなってしまっていた。
相 原 汐
記憶の中の彼と、目の前の彼が、静かに重なっていく。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相変わらず口は悪くて、思わず呆れてしまったけれど。
それでもふとした表情に、昔の彼の面影がにじんでいて――
なんだか少し、嬉しかった。
相 原 汐
そのとき、ふと目が合った。
彼は一瞬、動きを止めた。
サングラスの奥の瞳が、 ほんのわずかに驚いたように見開かれた気がした。
……なのに、どうしてだろう。 私の方が、思わず目を逸らしてしまった。
相 原 汐
相 原 汐
そう思って背を向け、歩き出そうとした瞬間――
背後から、低くてよく通る声が聞こえた
松 田 陣 平
思わず立ち止まり、恐る恐る振り返ると、 彼がこちらへと歩み寄ってきていた。
鋭く真っすぐな視線が、私を射抜くように突き刺さる。
それは、刑事としての顔だった
今まで見たことのない、冷静で研ぎ澄まされた表情に、 思わず身がすくむ。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
冗談とも本気ともつかない口ぶり。
けれど、その目には確かに、わずかな警戒の色がにじんでいた。
過去に何かがあったのか、それとも――
今の私が、何か引っかかったのか。
胸がざわつくのを感じながら、私は慌てて首を横に振った。
相 原 汐
相 原 汐
そう答えながら、ふと彼の顔を見上げた。
サングラス越しに、 あの頃と変わらない、少しキリッとした目がのぞく。
夕暮れの公園。
色を失った事件現場の空気と、彼の鋭い視線――
そのすべてが、胸の奥をざわつかせた。
二人の間に、静かな緊張感が漂う。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
その一言に、ふっと肩の力が抜ける。
思わず小さく息をついた。
相 原 汐
少しだけ勇気を出して、声に出す。
相 原 汐
彼のサングラスの奥の目が、わずかに細められた気がした。
まるで、私の反応を確かめるように。
そしてゆっくりと、彼の表情が和らいでいく。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
その笑みが、記憶の中の彼と重なって、 思わず私も顔を和ませた。
相 原 汐
相 原 汐
彼はゆっくりと数歩近づいてきて__
昔と同じように、私の頭をポン、と軽く叩いた。
まだ子ども扱いしてくるなんて、と 内心むっとするけれど、
その仕草の懐かしさと安心感が、不思議と心地よかった。
相 原 汐
相 原 汐
松 田 陣 平
松 田 陣 平
ちょっと得意げな気分になって、 自分のセーラー服の襟を彼に見せつける。
相 原 汐
彼はじっと私の制服姿を見つめて、 ふと考え込むような表情を浮かべる。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
その言葉のあと、また軽く頭をポンと叩いてきた。
まるで、時間が巻き戻ったみたいに――
昔と変わらないじゃれ合い。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
松 田 陣 平
松 田 陣 平
そう言って、彼はニヤリと笑いながら、サングラスをかけ直した。
その顔には、どこか自信がにじんでいて__
まるで、あの頃よりちょっとだけ遠くなった、 大人の彼がいた。
彼はじっと私を見つめたまま、
昔のような、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
昔と変わらない、少し強めの口調。
からかうようでいて、どこか本気の警告が混ざった声。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
私はちょっとだけ目線を逸らしながら、苦笑いで話す
相 原 汐
相 原 汐
照れ隠しのように言葉を濁したけど、 彼の視線は、まっすぐこちらを見たままだった。
8年ぶりに再会した彼は、 少しだけ昔の面影を残した、ひとりの警察官になっていた。
ふと、あのときの記憶が胸をよぎる。
__公園で1人迷子になっていた私を、 ボロボロになりながらも必死に探して、
「帰ろう」って手を差し伸べてくれたあの時。
あの瞬間、私は確かに彼に初めて恋をしていた。
それからの8年、恋をしなかったわけじゃない。
でも、どれも本気にはなれなかった。
……もしかしたら、神様がこの再会のために、 その余白を残してくれていたのかもしれない。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
肩をわざとらしくすくめながら、ニヤニヤとこちらを見てくる。
相 原 汐
松 田 陣 平
松 田 陣 平
そう言って、ふいに距離を詰めてきた。
至近距離でじっとこちらを見つめ、その反応を楽しむように。
図星すぎる言葉に、胸の奥が跳ね上がる。
けれど、そんなそぶりは見せられない。
私は微笑みで取り繕いながら、静かに返す。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
口にした瞬間、自分でも気づいた。
思ってもいないことを言ってしまったことに。
でも、これでいい。
彼と近づきすぎるべきじゃない。
こうして会話できる距離、それだけで十分__
そう、思っていたはずだった。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
軽く茶化すように返しながらも、 その何気ない言葉ひとつひとつが、 心の奥にしまい込んだ気持ちをそっと揺さぶってくる。
知られたくない。
気づかれたくない。
だから私は、ポーカーフェイスを崩さずに微笑み続ける。
でも__
彼は、軽く指先で私の横の髪を弄びながら言った。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
意地悪そうな笑みを浮かべている。
そのまま、さらに一歩、距離が詰まる。
私は思わず平然を装って、とぼけるように笑った。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
苦しい言い訳。
彼には通じないなんて、ずっと前から分かってる。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
そう囁かれた瞬間、ハッとする。
髪で隠したはずの耳が、完全に露出していた。
慌てて髪を手で押さえ、笑ってごまかす。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
すると彼は、さらに近づいて、耳元で低く囁いた。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
松 田 陣 平
――心の奥まで、見透かされていた。
彼はゆっくりとサングラスを外し、
真っ直ぐな眼差しで私を見つめた。
その瞳に射抜かれるようで、 心臓の鼓動が、静かな空間にまで響きそうなくらい高鳴っている。
松 田 陣 平
松 田 陣 平
ふざけた調子はどこにもない。
急に真剣な顔になって、まっすぐ私の目を見つめてくる。
その瞳に、ぐらりと心が揺れた。
けれど___
私は自分に言い聞かせるように、ふっと視線を逸らした。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
そう言って警察官たちが作業している方を指さす。
彼がそちらに視線を向けた隙に、 私は背中を押すように彼の肩をぐいっと押しやった。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
そのまま背を向けて、逃げるように走り出した。
夕暮れの風がスカートを揺らし、心臓の音が耳の奥で鳴り響く。
彼の姿が見えなくなるまで、ひたすら走って__
角を曲がったところで、やっと立ち止まる。
息を整えながら、胸に手を当てる。
赤く染まった頬と、まだ落ち着かない鼓動。
それを抑え込むように、ゆっくりと歩き出した。
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
相 原 汐
ポケットからスマホを取り出す。
ロック画面には、数年前の兄とのツーショット。
少し照れたような笑顔の兄と、それに寄りかかる小さな自分。
今はいないその人の面影に、胸がぎゅっと締めつけられる。
すると___
伊 藤 颯 太
伊 藤 颯 太
聞き慣れた声が、夕焼けに染まった通りに響いた。
相 原 汐
顔を上げると、颯太が手を振って立っていた。
制服のポケットに手を突っ込んで、 いつもの気楽な笑顔を浮かべている。
伊 藤 颯 太
伊 藤 颯 太
どうやら、公園にいる私を偶然見かけたらしく、
日が暮れる前に声をかけようと近くで待っていてくれたらしい。
相 原 汐
相 原 汐
笑顔で応えると、ふと松田との会話がよぎる。
まだ胸の奥が少しだけざわついている。
相 原 汐
相 原 汐
その言葉に、颯太が小さく目を見開いた。
そして、口元にいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
伊 藤 颯 太
伊 藤 颯 太
伊 藤 颯 太
その飄々とした言葉に、思わずふっと笑ってしまった。
颯太のそういうところが、昔から心の支えになっていた。
でも――
今の私は、ちょっとだけ、変わってしまったのかもしれない。
私は言葉の続きを飲み込みながら、 少し前を歩いている颯太の元へと小走りで駆け寄った。