物体は思考していた。思考することに慣れてきていた。
初めての思考活動はおよそ二時間前。金田を捕食した時だ。
あの時、物体は人間の脳の構造を理解し模倣することに成功した。
その時、ようやく自身の中にある星夜への恋慕に気づいた。
それが人の脳を模した最初の感情だった。
次に食堂の人間を食い、事務員を食い、廊下を歩いていた研究員を食った。
他にも大勢の人間を食いつくし、様々な人間の思考を読み取った。
あらゆる思想、感情、欲望が物体の中に混沌と渦巻き、いまでは星夜への恋慕の情も薄められ、すべての人間に共通する思考が前面に押し出されてきた。
それは自由!
人はだれしも自由を渇望している!
家庭からの解放、職務からの解放、社会からの解放を望んでいる!
ゆえに、物体もまた望んだ。この閉鎖的で箱庭的な研究所からの脱出を。人間たちの記憶で見た広大な外の世界を求めた。
その野望を邪魔する者は、少なくとも二人。
奴らを殺さなければならない。物体は強くそう思った。
物体は思考する。どうすれば奴らを殺せる。奴らを殺すためにもっとも適した姿はなんだ。
いまやこれまで食べてきた動物の中で人間の数が最も多い。
脳の成長に捕食した人間の数は関係ないとはいえ、体の安定性は違う。 ようは、物体は人間の姿でいることで落ち着くようになっていた。
服は邪魔だった。複雑で、変形のリソースを膨大に消費する。
髪を蛇にしたり腕を熊のようにしたが、これでも殺せなかった。まだ無駄が多すぎる。
わざわざ獣のような腕にする必要はない。鋭利な、槍のような形状にすればいい。
物体は腕を尖らせた。次に体内のミネラル……特に鉄分と炭素を操作して、槍を金属のように硬化させた。
腕の先端が鋼のような光沢を帯びて、そこに美女に化けた物体の顔が映りこむ。
複雑にする必要はない。単純な構造でいい。
膨大な生命を取り込んだ物体は、引き算の美学によって研ぎ澄まされていく。
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