進藤
あのー、先輩。
私にも分かるように説明してもらっていいですかぁ?
渡辺
この物語を紐解くには、ある思い込みを捨てなければならなかったんだよ。
渡辺
そして、その思い込みが間違いであるという根拠は、確かにあったんだ。
渡辺
少しおかしいなって最初に思ったのは、コンビニから帰ってきたシンジが、アキノリと一緒に弁当を食べようとするシーンだ。
渡辺はそう言うと、問題のシーンをスマートフォンに表示し、それを進藤に見せる。
進藤
えっと、一度アキノリの左隣に座ったシンジが、対面に座って……それで、アキノリに言われて改めて今度はアキノリの右隣に座ってますぅ。
渡辺
シンジは最初にアキノリの隣に座ったけど、すぐに対面へと移動している。
この記述だけを見て、俺は【アキノリの隣は物理的に狭いから】シンジが対面に移動したと思ったんだ。
渡辺
でも、対面に座ったあと、アキノリから一緒にテレビを観ようと提案されて、またアキノリの隣に移動している。
渡辺
これらのことから、別にアキノリの隣にいても、食事はできる程度のスペースはあった――と推測される。
渡辺
では、どうしてシンジは対面へと移動したのか。
渡辺
最終的にアキノリの隣にシンジが落ち着いていることから、俺はこう考える。
渡辺
つまり、アキノリの右隣はよくても、左隣では駄目な理由があったんだ。
渡辺
こう見るとうまそうだな。
進藤、一口くれよ。
進藤の返事を待たずに、カラトリーボックスの中にあったフォークをパンケーキに突き刺す。
わざわざ取りに行かずとも、カラトリーボックスの中にはナイフもあるではないか……なんて無粋な突っ込みは言わないでおいた。
だって、カラトリーボックスに入っているナイフを進藤が使っていたら、きっと真相にたどり着けなかったから。
進藤
あのぉ、元の席に戻ってもらえませんかぁ?
進藤
なんか、すごい食べにくいんですけど。
渡辺
俺が隣に来ただけで?
気にしないで食えよ。
進藤
いや、だって先輩がフォークを左手で持って食べるんだもん。
ひじがぶつかりそうになって危ないですよ。
渡辺
そうなんだ。右利きの進藤の右隣に座る俺が、左手でパンケーキを食べたら邪魔になるんだ。
渡辺
互いの肘がぶつりかりそうになるから、気を使うしな。
渡辺
これと、同じ理由で、シンジはアキノリの左隣に座ることをやめたんだよ。
渡辺
さて、ここでシンジが金槌で南京錠を壊すシーンまでさかのぼる。
渡辺
この場面でシンジは右手を振りかぶって金槌を振り下ろしている。
渡辺
このことから、シンジは右利きだったと考えられる。
渡辺
さて、ここで進藤に問題だ。
渡辺
シンジが右利きだとして、最終的に座ったのはアキノリの左隣ではなくて右隣だった。
渡辺
この時、アキノリの利き腕はどっちになると思う?
進藤
えっとぉ、シンジがアキノリの左隣に座らなかった理由が、肘がぶつかって食べにくいというものだとして、シンジは右利きなんだから……。
進藤
あ、アキノリは左利きですぅ。
渡辺
正解。
渡辺
それじゃ、今度はこいつを見てくれ。
渡辺
これは、つい最近になって変更になった表紙だ。
渡辺
本人に確認したが、これは自身の手を撮影したものを加工して、表紙にしたらしい。
渡辺
じゃあ、ここで次の問題だ。
渡辺
この包丁、どちらの手で握られている?
進藤
これは見ればすぐに分かりますよぉ。
進藤
左手ですぅ。
渡辺
そうなんだよ。
渡辺
なぜ、彼はわざわざ表紙を変更したのか。
渡辺
そして、自身の手を撮影したことを話してくれたのか。
渡辺
きっと、彼は自身が【左利き】であるということを、俺に伝えたかったんじゃないかな?
渡辺
このことに俺が気づけたのは、進藤……お前がわざわざ左利き用のナイフを持ってきて、パンケーキを切りにくそうにしていたからだよ。
渡辺
右利き用のナイフはカラトリーボックスの中に入っていたんだ。
多分、ドリンクバーカウンターに置いてあったナイフは、左利きの人のために置いてあったものなのだろう。
進藤
え、でもそう考えると……。
渡辺
進藤、お前が見つけた事件。
やっぱりあれがビンゴなんだ。
渡辺
あれこそ、母親を殺した息子が書いたストーリーの元になった事件だったんだよ。
進藤
ちょっと整理させてください。
進藤
えっと、あの事件がモデルになっているなら、長男のシンジさんは亡くなっていますよね?
進藤
だとしたら、先輩は誰と連絡を取り合っていたんですかぁ?
渡辺
もちろん、芒尾さんだよ。
渡辺
俺は最初から、とんでもない思い違いをしていたんだ。
渡辺
物語もシンジ目線から描かれている場面がほとんどだったから、てっきり俺とやり取りをしている日比野響は、芒尾シンジのほうだと思っていた。
渡辺
でも、実際にやり取りしていたのは……。
渡辺
弟の【芒尾アキノリ】のほうなんだよ。