神座――いつも向かうアンダープリズンのある【人妻ヘルス】から、一本通りを抜けた先にある小さなスナック。
ママ
へぇ、今日は若い子も連れてるのね。

ママ
倉科さんにしては珍しい。

倉科
まぁな、これでも中間管理職ってやつでな。

縁
や、山本縁と申します。

カウンター席は全部で5つあり、一番左端には倉科が座っている。
本当ならばその隣に座ればいいのだが、倉科いわく紹介したい人物が後から2人ほど来るらしく、一応気を遣って、縁と尾崎は右端の席から並んで座っていた。
倉科
それにしても、貸切にしてくれなんて頼んでいないんだがな。

ママ
お客がいない日だってあるの。

ママ
たまたまよ。

ママ
それに倉科さんがここを使うってことは、後で中谷さんも来るんでしょ?

倉科
あぁ、そうだ。

倉科
だから、ちょっと物騒な話をする。

ママ
全く――勘弁してよ。

ママ
私は構わないけど、誰でも物騒な話が好きだと思わないで。

縁
(あ、ママは好きなんだ――)

倉科
尾崎、山本、今の話を聞いてもらって分かると思うが、今日は楽しくお話をしながらお酒を飲みましょうって場じゃない。

倉科
なんとなく、なんの話なのか察しはつくだろうが。

縁
(そう言う話なら、アンダープリズンでやればいいのに)

倉科
ちょっと紹介したい人がいてな。今回の一件は、そっちの連中の意見も聞かないといけないらしくてな。

尾崎
悪食――。

縁
尾崎さん、その名前はあんまり出さない方が。

倉科
ん、まぁ――ここのママはちょっと特殊でな。

倉科
この人、何件もの難事件を解決したことがあったりする。

ママ
ただのミステリマニアなだけなんだけどね。

ママ
あ、私は渡辺美優(わたなべみゆ)よ。

なんだか良く分からない関係性だが、深くは突っ込まない方が良さそうだ。
ママ
よろしくどうぞ。

受け取って名刺を見ると、黒の背景に白字で名前が書かれている。
縁
あ、こういうところって源氏名なんじゃ。

ママ
うちは本名でやることになってるの。

ママ
別にやましいことをしているわけじゃないし、誇りを持ってやってるから。

続いて名刺を尾崎に渡し、そのまま倉科にも渡すママ。
ママ
名刺を新調したから倉科さんにもあげるわ。

倉科
お、こいつは中々いい感じじゃないか。

ママ
ふふっ、それ美里が作ったのよ。

ママ
あの子、昼はデザイン事務所で働いてるからね。

ママ
そろそろ買い出しから帰って来ると思うけど――。

まるで見計らっていたかのごとく、店の扉が開き、小綺麗な若い女性が入って来た。
倉科
おー、美里ちゃん。久しぶり。

美里
あ、誰かと思ったら倉科さん?

美里
まーた、物騒な話をしに来たの?

美里
あのさぁ、そういうの別の場所でやってくれない?

倉科
仕方ないだろ、ここは中谷のお気に入りでもあるんだから。

中谷――その名前は、さっきの会話の中で出て来たはず。
美里
あぁ、だからか。

美里
さっき、それっぽい人見かけたからさ。

噂をすればなんとやら――美里の言葉が合図だったかのごとく、またしても店の扉が開いた。
????
思ってたよりも道が混んでたわけ。

????
先生のどうでもいい仕事を手伝わされるわ、タダ働きさせられるわで散々だわ。

愚痴を言いつつ入って来たのは、おそらく縁と同年代くらいの男性。
????
その割には色々と余計な手を出してくれたじゃない?

それと、ミニスカートを履いた、縁よりは歳がいってそうな女性。
倉科
――中谷、そういう格好するのは20代までにしとけ。

倉科
他の連中も目のやり場に困るだろ?

????
先生が露出狂なのは、みんな分かってるから大丈夫なわけ。

倉科
山本、尾崎、紹介しよう。

倉科
まず、この男は麻田っていう。

倉科
こんな身なりだが、鑑識官だ。

麻田
どうも、麻田誠(あさだまこと)でーす。

倉科
でもって、こちらの方が中谷美華(なかたにみか)女史。法医学の先生で、これから話す事件の司法解剖を担当してもらってる。

美華
よろしく。

美華
君達が噂のハンテン?

倉科
……一応、機密の存在のはずだが。

美華
中嶋君がそんなことを言ってたのよ。

倉科
あいつ、外で余計なことをベラベラと……いくらアンダープリズンが閉鎖的で人恋しいからって。

愚痴を漏らす倉科をよそに、飲み物の注文をとるママ。
ママ
倉科さん、お酒は出しても大丈夫?

倉科
あぁ、今回のやつは飲んでから聞いてもらった方がいい程度には内容がな……。

美華
できれば、簡単につまめるものも出してもらったら?

美華
少なくとも、しばらくは食べられなくなるだろうから。

麻田
うげぇ、あの話すんの?

縁達を不安にさせるような一言を漏らした麻田に対して、美華が言う。
美華
誠君、私の特等席はそこなの。

美華
どいてもらえない?

麻田
あぁ、そうでしたねぇ。

麻田
これは失礼。ってか、下の名前で呼ぶのやめてくれません?

美華
いいじゃない。減るもんじゃないし。

カウンター席は5席しかないため、残ったところに必然的に美華が座った。
ママ
それじゃあ、簡単につまめるものも出すわね。

ママ
飲み物はとりあえず――でいいかしか?

尾崎
あ、自分はソフトドリンクでいいっす。

倉科
いや、尾崎。

倉科
今日は飲んでおいたほうがいい。

倉科
飲めないわけじゃないだろ?

尾崎
えぇ、まぁ――刑事になってから基本的に飲んではいねぇっすけど。

倉科
俺達は捜査一課でも特殊な立場だからな。

倉科
別にちょっと酒を飲むくらい問題ない。

倉科
それに、今回は本当に飲んでおいたほうがいいぞ。

倉科
シラフじゃ聞くに耐えない話をするからな。

倉科
ママが何か出してくれるだろうから、それをちゃんと食っとけよ。

しばらくすると、ママがビールと一緒におにぎりを出してくれた。
ママ
ごめんなさいね、居酒屋じゃないから、お腹に溜まるものって、これくらいしか出せなくて。

倉科
いや、これで充分だ。

美華
私は食べて来たから大丈夫よ。

麻田
同じく、ようやくさっぱりしたものなら食えるようになりましたよ。

倉科
まだ肉炒めは駄目か?

麻田
……思い出すから言わないでくださいよ。

倉科
山本、尾崎、お前らは腹に詰め込んでおけ。

そこまでお腹も減ってはいなかったが、倉科に促されるままにおにぎりをいただく。
具は種を抜いた梅干しとシンプルながら、素朴な感じが美味しかった。
倉科
さて、食ったな――。

ママ
私達は席を外したほうがいい?

倉科
そうしたほうがいい――と推奨しておこうか。

ママ
じゃあ、私と美里はボックス席のほうにいるから、何か用があったら言って。

ママ
他のお客さんが来たらまずいでしょ?

ママ
今日はもう閉めたってことにするから。

麻田
心配しなくても、こんな場末のスナックに客なんて来ないっ……いや、ワンチャンあるか。

倉科
悪いな、ママ。

ママ
いいのよ、その分ちゃんと料金もらうから。

倉科
それは聞いてないんだが。

ママ
とにかく、気にしないでいいから。

倉科
あぁ、すまない。

倉科はそこで言葉を区切ると、カウンターの一同を見回す。
倉科
さて、全員腹に入れるものは入れたな。

倉科
これからする話は、神座から北にある親不知と子不知で起きた事件だ。

倉科
すでに何人かの犠牲者が出ていて、捜査本部も立ってる。

麻田
でもって、犯人はどうやら殺した相手を食ってるみたいなんだよなぁ。

縁
え?

縁
食ってる?

倉科
あぁ、それでついた名前が悪食。

倉科
美食家、悪食――。

倉科
かなりイカれたやつが俺達の相手になる。
