商店街の角にある花屋の前で、ユイが不意に足を止めた。
ユイ
今日は、ここよ
俺
また急だな。誰かにプレゼントでもするのか?
ユイ
いいえ。花はね、投資対象じゃなくて、突然摂取したくなるサプリメントのようなものよ
店先には、水を含んだ小さなバケツが、色とりどりの命を湛えて並んでいる。
ユイ
高校生。この中でどれが好きか答えなさい
俺
うーん……あまり花には詳しくないんだけどな
ユイ
知識は関係ない。感性の鮮度は、今日の点数に直結するわよ
俺は少し迷ってから、隅の方にあった小ぶりな花を指差した。
俺
……この、白いやつ。かすみ草だっけ
ユイ
理由は?
俺
……派手じゃないから。隣に何があっても、邪魔をしないだろ?
ユイ
ふん。加点ね
俺
そんな理由でいいのかよ
ユイは対照的に、燃えるような赤いバラを指さした。
ユイ
これはね、主張が強すぎるの。美しいけれど、毎日向き合うと疲れてしまうわ
俺
きれいだからいいだろ? 悪いことじゃないはずだけど
ユイ
強すぎる光は、時に影を深くするのよ。覚えておきなさい
店主のおばさんが、バケツの水を替えに店先へ出てきた。
俺
あ、すみません。邪魔しちゃって……
俺が慌てて謝ると、おばさんは柔らかく目を細めた。
お花屋さん
いいのよ、見てるだけでも。花も誰かに見てもらえると喜ぶからね
ユイ
ありがとうございます
ユイが、いつもの生意気な態度を封印して、小学生らしい真っ直ぐな礼を言う。
ユイ
はい。今の礼儀で、さらに加点
俺
え、俺じゃなくて君が言ったんだろ?
ユイ
連帯責任よ。教え子の評価は、講師の評価でもあるの
夕暮れの風が吹き抜け、バケツの中の花たちが一斉に小さく揺れた。
ユイ
ねえ
俺
ん?
ユイ
静かなものって、実は一番強いと思わない?
風に逆らわず、ただそこに咲き続ける花を見つめながら、ユイが呟く。
ユイ
俺
……思うよ。不平不満を叫ばなくても、ちゃんとそこに居るもんな
ユイ
今の答え。温度がちょうどいいわ
ユイは満足そうにうなずき、ランドセルの肩ベルトをぎゅっと締め直した。
ユイ
今日の点数は、何点だと思う?
俺
……プラマイゼロ、か?
ユイ
惜しいわね
俺
え、マイナスかよ
ユイ
ゼロよ。でも、今までで一番『いいゼロ』だわ
俺
……違いがさっぱり分からないんだけど
ユイ
わからなくていいの。真っ白なままでいるのも、一つの才能なんだから
ユイは軽やかな足取りで、夕焼けに染まる通りへと歩き出した。
俺
花、買わなくていいのか?
ユイ
見るだけで十分よ。私の心の中に、もう植えたから
俺は店先に残された白い花をもう一度だけ見てから、小さな背中を追いかけた。






