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日本の名作シリーズ 夢十夜

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日本の名作シリーズ 夢十夜

1 - Re:夢十夜(第一夜) 上

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2022年12月29日

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語り手

こんな夢を見た。

語り手

腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声で

もう死にます

語り手

と云う。

語り手

女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。

語り手

真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。

語り手

とうてい死にそうには見えない。

語り手

しかし女は静かな声で、もう死にますと判然(はっきり)云った。

語り手

自分も確にこれは死ぬなと思った。

語り手

そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。

死にますとも

語り手

と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。

語り手

大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。

語り手

その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。

語り手

自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、

語り手

これでも死ぬのかと思った。

語り手

それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、

語り手

死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。

語り手

すると女は黒い眼を眠そうに睜(みは)ったまま、やっぱり静かな声で、

でも、死ぬんですもの、仕方がないわ

語り手

と云った。

語り手

じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、

見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんか

語り手

と、にこりと笑って見せた。

語り手

自分は黙って、顔を枕から離した。

語り手

腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。

語り手

しばらくして、女がまたこう云った。

死んだら、埋めて下さい

大きな真珠貝で穴を掘って

そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい

そうして墓の傍に待っていて下さい

また逢いに来ますから

語り手

自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。

日が出るでしょう

それから日が沈むでしょう

それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう

――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、

――あなた、待っていられますか

語り手

自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、

百年待っていて下さい

語り手

と思い切った声で云った。

百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい

きっと逢いに来ますから

語り手

自分はただ待っていると答えた。

語り手

すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。

語り手

静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、

語り手

女の眼がぱちりと閉じた。

語り手

長い睫の間から涙が頬へ垂れた。

語り手

――もう死んでいた。

続く

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