語り手
こんな夢を見た。
語り手
腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声で
女
もう死にます
語り手
と云う。
語り手
女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。
語り手
真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。
語り手
とうてい死にそうには見えない。
語り手
しかし女は静かな声で、もう死にますと判然(はっきり)云った。
語り手
自分も確にこれは死ぬなと思った。
語り手
そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。
女
死にますとも
語り手
と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。
語り手
大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。
語り手
その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。
語り手
自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、
語り手
これでも死ぬのかと思った。
語り手
それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、
語り手
死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。
語り手
すると女は黒い眼を眠そうに睜(みは)ったまま、やっぱり静かな声で、
女
でも、死ぬんですもの、仕方がないわ
語り手
と云った。
語り手
じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、
女
見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんか
語り手
と、にこりと笑って見せた。
語り手
自分は黙って、顔を枕から離した。
語り手
腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
語り手
しばらくして、女がまたこう云った。
女
死んだら、埋めて下さい
女
大きな真珠貝で穴を掘って
女
そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい
女
そうして墓の傍に待っていて下さい
女
また逢いに来ますから
語り手
自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
女
日が出るでしょう
女
それから日が沈むでしょう
女
それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう
女
――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、
女
――あなた、待っていられますか
語り手
自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
女
百年待っていて下さい
語り手
と思い切った声で云った。
女
百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい
女
きっと逢いに来ますから
語り手
自分はただ待っていると答えた。
語り手
すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。
語り手
静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、
語り手
女の眼がぱちりと閉じた。
語り手
長い睫の間から涙が頬へ垂れた。
語り手
――もう死んでいた。
続く