うっ……
くそ、傷が痛む
次の街でなんとか薬を手に入れねば……
水浴びで汚れと血を落としつつ手当てをしながら、一人弱音を吐く。
こんな情けない姿、隠れ家にいる姫君には騎士としてとても見せられない。
スコット、薬草はこのくらいで……
きゃっ!
不意に草むらから顔を覗かせた姫様が、私の姿を見て口元を覆い、小さな悲鳴をあげた。
……はっ!
申し訳ありません姫様!
高貴な方に異性の裸という
穢らわしいものをお見せするなんて……!
自らのあられもない姿が目に入らぬ様、身を捩りながら謝罪する。
ううん、いいの
驚いたのは、その傷の事で……
……薬草を取りに行ってくださっていたのですか?
なんと無茶な!!
どこに刺客がいるかわからないのですよ!?
ごめんなさいスコット
貴方が心配になって、それで……
サファイアの様な二つの瞳から、ポロポロと雫が零れ落ちる。
昔から俺はこれに弱く、姫の無鉄砲さを諌(いさ)めている時も
姫が泣き出してしまうと何もいえなくなってしまうのだ。
……取り敢えずはご無事で何よりです
私めの体を慮っていただき光栄に思います
……
ひどい傷だらけ
古い傷、新しい傷
数え切れないほど
落ち着いてきたのか、姫様が俺の体を心配そうに眺めた。
これは、騎士の誉れです
この腕の裂傷は、姫様が幼い頃木から落ちた時受け止めた傷
この肩の銃痕は、刺客の銃が掠った跡
……そして、この火傷は
兄様の派閥だったメイドが、赤ん坊だった私に熱湯をかけようとした時に庇った跡
少し悲しそうな顔をしながら、姫様は俺の手の甲の古い火傷痕を撫でた。
……ねえ、スコット?
貴方も兄様の派閥に行ってもいいのよ
この、まだ治ってない傷は
村で匿ってくれていた家主から、私に掛けられた懸賞金目当てに
農具で刺された跡じゃない
もうこれ以上、貴方が傷つく事に耐えられないの
……
私が何故、姫様との傷を一つ一つ覚えているかわかりますか?
……
わからないわ
他の傷、たとえば先の戦で付いた傷など
その瞬間が終わってしまえば、どの敵から付けられた傷かなど
私にとってはどうでも良くなります
姫様を庇って付いた傷は
大事な姫様をお守り出来たという、私の勲章なのです
私は一生、姫様の騎士として
剣を振るい、盾となりましょう
たとえ海が埋まるほどの金塊を積まれようとも
私が寝返る事はありえません
どうして、そこまでしてくれるの?
兄様が実権を握った今、私は王家にとって邪魔者なのに
……私が平民の出自、さらに裕福でない家庭で育ったのはご存知ですよね?
姫様に聞かせる事でもないとは思いますが
騎士団は、やはり伝統を重んじる傾向があり
実力より血統がものを言うのが実情になっているのです
……知っているわ
その中でも姫様は兄君とは違い
爪弾きにされていた武術採用の私にも、分け隔てなく接してくださった
私だけでない、庭師や召使にも声をかけ、気を使っていただくその優しさに
家来は皆救われていました
兄様たちが冷た過ぎるのよ
同じ人間なのに
……
ふふ、どこまでも謙虚だ
それでこそ私の仕える姫様です
さあ、そろそろ出発しましょう
いつか、分かり合える者たちと一緒に王都に行き
王権をその手にし、皆に安息がもたらされるまで
ずっと私は姫様の元を離れません
この辺境の地にまで王族の息が掛かっている現状、希望は正直持てそうにない。
俺の傷が数えきれなくなっても、この体が滅びようとも霊魂となって