2010年8月26日(木)
最高気温34.7度の中
優真さんと共に昨日の病院に向かっていた
優真さんは自宅マンションには戻らず
芹沢さんのマンションに泊まった
事務所に出勤してテレビをつけると
昨日のことがもう朝のニュースで取り上げられていて
現場に優真さんがいたことも報じられていた
約二週間前には被疑者として扱われた優真さんが
一変してあすみさんを救ったヒーローのように取り上げられている
あの時は別の大きなニュースが目立っていたため
優真さんの事件はあちこちで報道されてはいたが
そこまで大々的には報じられなかった
優真さんの祖父の龍三さんと、息子の龍二さんご夫妻も
それが優真さんのことだと気づかなかった程
でも今回は大々的にニュースで報じられているため
龍三さん達も直ぐに気づくはずだ
酷い虐待を受けた被害者を取材するため
病院の前には既に何人もの報道陣が駆けつけていて
何人もの職員が立ち塞がって侵入を防いでいた
私達の存在に気づいた一人の看護師が
こっそりと裏の通用口まで誘導してくれて
私達はそれに従い院内へ
直ぐに救急病棟へと向かった
三村優真
ベッドの上で未だ眠る彼女に
優真さんが駆け寄り手を握る
状況を聞くために医師の元へと向かうと
昨日、治療を担当した医師から話を聞くことができた
彼女は一度、早朝に目を覚ましたのだが
家族から受けた凄まじい虐待の影響か
酷く錯乱しベッドの上で暴れ
再び鎮静剤を投与し眠らせているとのことだった
彼女の声についても訪ねたところ
井川あすみ
暴れた際に微かに発した声を看護師が聞いたのだが
とても弱く小さな声だったそうだ
医師から聞いた全てを優真さんに伝える
私も優真さんも昨日のことを思い返し
彼女が優真さんに対して僅かに反応を示したことを思い出した
その時の声もとても弱く小さなものだった
近所の人から芹沢さんが仕入れた
三日前から声が聞こえなくなったと言う情報があり
再び失声状態になってしまったのかと思っていたが
もし昨日のような微かな声しか出せなかったとしたら
近所の人には聞こえなかっただけなのかもしれない
救急は常に人の出入りが激しく
医師や看護師が慌ただしく動いていたが
優真さんと彼女のいる空間だけ
まるで時間が止まっているかのような
静寂に包まれている気がした
時々、芹沢さんから連絡が入り
警察で取り調べを受けている井川親子についての情報知らされた
母親の井川かすみは取り調べに対し
井川かすみ
既に亡くなっているはずの義理の母
井川トキ子さんのことばかり話していて
その真意はまだ不明の状態だと言う
彼女と共に部屋にいた兄の静(じん)さんは
完全黙秘を続けていて
一向に話が進まない状態だと言う
時々、優真さんに飲み物を渡し
優真さんもそれは口にするのだが
お昼を過ぎても何も食べようとせず
彼女のそばを離れたくないと言う意思を強く感じた
彼が握る手には相変わらず包帯が巻かれ
化膿し感染症を起こしている腕や足も腫れ上がったまま
昨日の悲惨な状況が目に焼き付いて離れず
私の頭の中をぐるぐると回る
一命は取り止め意識もあり
今は鎮静剤で眠っているだけだが
虐待による傷に加え重度の熱中症もあった
少しでも発見が遅ければ助からなかったかもしれない
両腕、両足、胸部、腹部、腰、臀部、背中
そして頬、額などに無数の傷があった彼女
そこまで深い傷はなかったようだが
あまりの傷の多さに看護師も驚き涙するほどの酷い状態だった
どれくらい経っただろうか
そこから更に時間が経過した頃
遂に彼の握る手が微かに反応を示した
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