次の日。 俺はメッセージアプリで、交換したばかりの六戸のアカウントに連絡を入れる。
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
六戸の提案、もとい冗談を俺はやんわりと断る。薄々気付いていたがこの子は距離感がバグい。
その後六戸から、待ち合わせ場所に東原市内の公園を提案され、俺は了承する。
自転車で10分ちょいの公園に行った俺は、
なぜか、彼女を全力で追いかけていた。
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
電車の行き交う音がひっきりなしに響く。
騒音に包まれる公園で、雑多な遊具が並べられたアスレチックの中を、六戸が逃げる。
ポールを曲がる。 坂を上がる。 穴に突っ込む。 柵を飛び越える。
全身のバネを駆使して彼女は逃げる。 基本は前に、左右に上下に、時にはフェイントで俺の方に。
俺は無我夢中で彼女を追う。 手足を振り回し、汗と気迫を撒き散らしながら、飛び回る肉体に触れようともがく。
だが……到底相手にならない。 どれだけ手を伸ばそうと、彼女は余裕の表情で俺から離れ、また距離を取ってしまう。
ピリリリリリリ!!
近くのベンチに置いておいた俺の携帯から、けたたましいアラーム音が鳴り響いたところで、俺は追走を諦めた。
滑り台の一番下に、俺は倒れ込む。 六戸がちょろちょろと近寄って来た。
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
彼女はいたずらっぽく笑う。
なんで会って二日目の奴に、体力と財布を削られなければならないのか、俺は理解に苦しんだ。
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
目の前の視界を横断する高架から、電車の通る音がまた聞こえてきた。
彼女に呼び出された高架下の公園は、ゴールデンウィークの昼間だと言うのに、俺たち以外に誰も居ない。
遊具はそれなりに充実しているのだが、電車の往来が激しく騒音が絶えないため、それほど人気がないそうだ。
原校の焼却炉と同じ、人が立ち入らない穴場の公園。
そんな場所で彼女から付き合わされた遊びが、まさかの鬼ごっこだった。
昼飯をかけて挑戦したのだが……結果はこの通りである。
高架の向こうに立つ赤いマンション。
その前の自販機まで行っていた六戸が、新発売のエナジードリンクを2本携えて戻ってきた。
六戸夏美
一歩も動けない俺に、六戸が1本を差し出してくる。
一條恭平
俺は遠慮なく頂き、一息で半分近く流し込んだ。酸味と甘味が乾いた身体に染み込む。
六戸夏美
同じドリンクを傾けて、六戸はニカッと笑った。
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
息が整ってきた所で、俺は起き上がる。
身体の熱はだいぶ静まり、反対に背中を当てていたすべり台の坂は、俺から押し付けられた熱でじっとりと温まっていた。
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
一條恭平
六戸夏美
六戸は近くのベンチに寝転び、俺と同じように空を仰いでいた。
ただやはり前世はサメなのか、足は何かのストレッチのようにブラブラ動かしている。
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
俺はメガネを外し、レンズの曇りを丁寧に拭き取る。
二葉、優紀、四宮……。 三国の手引きによって、俺を含めた視える人たちが次々と集まっているが、こんなことは奇跡みたいな物なのだ。
ほとんどの人は、人ならざるものの存在に気付くこともない。
気付く人──いや、気付いてしまう人の中には、今だ誰にも分かってもらえないまま、その存在に人知れず苛まれている人も少なくないだろう。
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
前屈していた六戸は誤魔化すような苦笑いを浮かべる。勢い良く起き上がって、そのまま地面に寝転がった。
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
六戸夏美
六戸は悲しそうでも嬉しそうでもなく、ただひたすらに淡々とした口調で話す。
彼女の声色からは、三国が変わったきっかけがどういう方向性の出来事なのかすら、一切読み取れなかった。 彼女なりに配慮しているのだろう。
一條恭平
体力が戻った俺は立ち上がる。
時刻はまだ2時。今からでもできることはあるはずだ。
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
六戸に携帯の画面を見せてもらう。 アーカイブと思わしきサイトで、東郷さんの死亡記事が報道されている。
関連記事や当時の反応から、東郷さんが死を選んだ理由が推察できるかも知れない……が、それは今頃三国が手を付けているだろう。
俺は何か別のアプローチで探りを入れたい。無い知恵を絞って考えて──
1つ気付いた。事件の日付を見る限り、
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
俺は携帯を取り出し、ブラウザアプリを開いて、東郷さんの名前でググる。
欲しいのはあの人の、小・中学時代の大会の出場記録。子供の頃から陸上で活躍してたなら、出てないことはないはずだ。
数分間探して……一件だけだが見つけた。 小5の時、隣町の潮条(ちょうじょう)市の小学校の所属として、県大会に出場している。
一條恭平
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
携帯を仕舞った俺は、エナジードリンクを飲み干してから、六戸を連れて公園の出入り口に向かう。
向かいのマンションのゴミ箱に空き缶を捨ててから、出入り口に戻り、停めてあった自転車にまたがった。
隣町ならこのままチャリで捜索に向かえる……が、歩きで来ている六戸はどうするか。
一條恭平
六戸夏美
六戸はドヤ顔でふんっと鼻を鳴らして、俺の自転車の隣で、クラウチングスタートの構えを取る。
一條恭平
一応一声かけてから、俺はペダルを漕ぎ出した。
六戸と2人で潮条市に向かい、市内の霊園を巡る。俺はチャリで、六戸は走って。
途中、何回か休憩で2ケツしたものの、六戸はほぼほぼ常時俺のチャリと並走していた。彼女のスタミナには恐れ入る。
周辺に点在する霊園をいくつか回り、住職に東郷汐里という方のお墓が無いか探していく。
そして、3つ目でヒットした。
一條恭平
六戸夏美
東郷家の墓で手を合わせてから、俺たちは口を開く。
墓は既に綺麗に掃除されている。花も生けられたばかりだ。午前中に誰かが来て、手入れしていったのだろう。
一條恭平
六戸夏美
一條恭平
墓を調べていた時に、俺は砂利の上に落ちていた妙な物を拾い上げる。
レプリカの金メダルだ。表面こそ綺麗に輝かれているものの、手触りも軽さも、金属ではなくプラスチックのそれ。
一見豪華な装いのレリーフが両面に刻み込まれているが、それが返って安っぽさを強調させていた。
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
ジャッ ジャッ ジャッ
六戸夏美
やや足早に砂利を踏みしめる音が聞こえてきたかと思うと、突如六戸が、通路の方を向いて驚く。
拾い上げた俺がそちらを向くと──。
渡
六戸夏美
渡先生が立っていた。髪が乱れ、やや息を切らせた様子で立っている。
思いもよらぬ訪問者に俺たちは戸惑うが……すぐに理解する。
一條恭平
俺がメダルを差し出すと、
渡
渡先生は飛びつくように俺の元に迫り、メダルを受け取った。
一條恭平
一條恭平
渡
六戸夏美
一條恭平
一條恭平
渡
俺は咄嗟にウソを付く。幸い深く追及されることはなかった。
六戸夏美
渡
六戸の質問に、渡先生は視線を合わさずに答える。
咄嗟に取り繕ったようなその態度は、誰が見ても答えを偽っているのは確かだった。
渡
六戸夏美
渡先生はそう言い残して、六戸の引き留めも聞かず、振り返えって霊園の出口の方へ歩いていく。
やや強い調子で砂利を踏みしめ、そのまま足早に立ち去っていった。
一條恭平
先生の姿が見えなくなった頃、俺は六戸に尋ねる。
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
六戸夏美
六戸夏美
一條恭平
一條恭平
単なる友人というだけなら、俺たちにわざわざ隠す必要はない。
あの人と東郷さんの間には、生煮えの事情が転がっていそうだ。
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