前職は電車の運転士でした
とはいえ、すぐに辞めてしまったので、胸を張って言える経歴ではないんですけどね
辞めた理由は、事故です
......まぁ、予想がつくと思うんですけど
...はい
人身事故です
あのときの、顔が
あの笑顔が脳裏から離れなくて...
その日は、先輩の運転を学ぶ研修で、僕は運転席の横に立っていました
時間は22時半頃で、車内には飲み会帰りのサラリーマンが多かったと思います
電車は快速で、通過駅の前を走っていました
そのとき線路を照らすヘッドライトの中に、人影が見えたんです
白いワンピースで、自分と同じくらいの年齢の女性でした
黒いロングの髪が風圧でたなびいていて、大きな瞳に、赤い口紅...
あのときのことは、スローモーションのように 鮮明に覚えています
迫ってくる電車を見ても、彼女は全く避けようとはしませんでした
警笛を鳴らし、電車は急ブレーキで速度を落としましたが
とても間に合う距離じゃなかった
ギギギギギーという甲高い摩擦音、バランスを崩した乗客の悲鳴も聞こえました
駅のフォームには、驚きで目を見開いたり、逆に目を覆ったりしている人々の姿がありました
次の瞬間、しぶきが舞い、フロントガラスに入ったヒビが赤い蜘蛛の巣のようでした
染め替えられたワンピース...
そしてこちらを向いた顔
あのときの笑顔
唇がニターっと、横に大きく開いていて...
今でも思い出すと怖くなります
それから一週間もしないうちに、辞表を出しました
運転士は小さい頃からの夢でしたし、当然、次の仕事も決まっていた訳ではなく、葛藤はありました
同僚もいい人が多かった
入社して一年も経たずに辞める僕のために送別会を開いてくれましたね
未だに何人からは、年賀状も届くんです
でも、それを見るとまた思い出してしまうんですよね
あのときのことを
彼の笑顔を
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解説 先輩が笑顔で人を轢いていた