主
主
主
主
主
主
お弁当を片付けて、いつもより早めに放送を切り上げる。
職員室にカギを返して、時間を確認すると5時間目まで時間が残っていた。
すぐに靴箱に向かって歩く
すでに一週間待たせているので、返事は早い方がいいはずだ。
きっと今日この手紙を残したのは、返事を今か今かと待っていたからだ。
なによりも、僕自身もこれ以上逃げてちゃいけない。
時間が経てば経つほど言い出しにくくなってしまう。
ぎゅっと口を結んで、ノートを誰にも見られないように抱きしめながら早足で廊下を歩く。
まだお昼休みだからか廊下には何人かの生徒がいるけど、靴箱のあたりはたぶん人が少ないはずだ。
グラウンドにいる人たちが戻ってくるにはまだ早いし、今からグラウンドに行く人もいないだろう。
タイミングが合えば、うまく靴箱に入れられる。
人の気配がないことを確認しながらそっと足音を忍ばせて、理系コースの靴箱を覗き込む。
誰もいませんように..........。
という僕の願いは見事に、これでもかというほど、ぶち壊された。
人影。
それもただの人じゃない。
僕の目的の位置に立っている人。
なんで!ここにいるの!
自分の靴箱を覗き込むさとみ君の姿に、口から心臓どころか臓器全部が飛び出るかと思った。
瞬時に物陰に隠れたけど、心臓の音がうるさすぎて靴箱に響き渡ってるかもしれないと思った。
耳のすぐそばで、ドッドッドッドと、今まで聞いたことがないほどの心拍音が聞こえる。
なんで、なんでこんなところにさとみ君が!
タイミングが悪すぎる…
手元のノートを万が一に備えて、お弁当箱に押し込んだ。
さすがに面と向かって『今までやり取りしてきたのは僕なんです。』と伝える勇気はない。
目の前で罵倒されるかもしれないと思うと怖いし、落ちこまれるのも対応に困る。
と、とりあえずここから立ち去るしかない。
本当に申し訳ない。。
心は痛むけど、周りに流されて自分の意見が言えない意気地なしの僕には、この状況はハードルが高すぎる。
そう思って、踵を返すと、背後から、『あ』と、引き留めるような声が聞こえてしまい、思わず足が止まる。
そろりと振り返ってみれば、やっぱり、そこにはさとみ君がいた。
さとみ
ころん
呼びかけに喉元がぎゅうっと締め付けられて、思わず声が震えてしまった。
そういえばさとみ君と言葉を交わすのは初めてだ。
さとみ君は少しだけ迷った表情になって、『あー』とか、『えー』とか繰り返してる。
何を言われるのか、気が気じゃない。
体を硬直させ、身構えながら彼の言葉を待っていると
さとみ
と、意味の分からない質問をされた。
えーっと……。
ころん
元気じゃないけど、とりあえず適当に返事をすると、気まずそうな顔をしてさとみ君がまた『あー』とか、『えー』とかを繰り返す。
突拍子のない質問と、無駄な間に、心が落ち着いてくる。
彼の表情が、気まずそうになったり、暗くなったり、意を決したように真顔になったり、くるくると変わっていく。
何かを僕に伝えたいのだろう。
それをどう切り出すか、どう言葉にするか、悩んでいる。
正直な人だなあ。
この前の真っ赤な顔もそうだけど、友達に『昼から急に元気がない。』と言われていたことを思い出しても、感情がすべて顔に出る分かりやすい人なんだと思った。
さとみ
ころん
びくりと方が震えてしまった。
動揺を隠しきれないまま、今度は僕が
『あー』とか、『えー』を繰り返す。
ころん
さとみ
さとみ
手紙のことを知っているから彼の言っている意味が分かるけど、知らなかったら、そんなこといきなり言われても、意味が分からないんじゃないだろうか。
ころん
と、とりあえず…ここは、どう返事するのがいいんだろう。
知ってることにするのがいいのか。
知らん顔するのがいいのか。
さとみ
言葉を詰まらせると、さとみくんが一人であたふたし始める。
手紙のことを言っちゃだめだということを思い出したのだろう。
内緒にしましょう、と約束はしてないけど。
ただ、全く誤魔化せてないどころか、むしろ墓穴を掘っている。
必死な姿。
それだけ、返事を気にしてるんだろうな。
“勘違いでした”とか伝えたら、彼はどんな顔になるんだろう。
焦る彼。
頬を染める彼。
気になって仕方なくて、返事を待っていられずにソワソワしてる彼。
僕が真実を暴露したら、これらが全部なくなって、歪んだ顔になってしまうのかもしれない。
そう思うと、胸が酷く痛んだ。
笑顔でいてほしい。
喜んでいてほしい。
素直な人だからこそ、傷ついた顔より笑っていてほしい。
そっちの方が、きっと彼には似合う。
ここで、ちゃんと言わないなんて間違ってるのは、わかってる。
でも……。
ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中で何度も唱えた。
ころん
さとみ
さとみ
震えそうになる声で、にこりと微笑んで見せると、彼は花が咲いたかのような明るい笑顔になった。
自分でもわかるくらい不自然な笑顔を顔に張り付けてたと思うけど。
彼は全く気付かない。
さとみ
さとみくんは、さっきまで焦ってオロオロしてたのに、今は嬉しくてたまらないのがわかるほどの笑顔を僕に向けて、踵を返した。
今にも歌いだしそうなほど明るい表情だ。
自分に正直な人は、人の嘘に気付かないのかもしれない。
人が嘘をつくなんて思ってないのかもしれない。
軽い足取りで去っていくさとみ君の背中を、見えなくなるまで見つめながら、そんなことを思う。
こっそり隠していたノートを取り出して、諦めに似たため息を吐き出した。
ころん
彼は今、僕と話したことを忘れるだろう。
莉犬のことで頭がいっぱいだったから。
きっと僕の名前は知らなくて、莉犬の側にいるヤギという認識だ。
僕の目を見て、僕の目の前で話したけど、僕の事なんて全く見ていなかった。
そんな事当然なのに、胸がチクチクと痛む。
とりあえず、現状だけを考えよう。
これからどうするか、と、返事をするか。
今はそれをちゃんと考えなくちゃ。
主
主
コメント
7件
ぶくしつ&フォロ失です!
ブクマ失礼します!
ホントに最高でした✨