いつも通り中嶋から拳銃を手渡され、縁達は狂人のいる檻の前へと向かった。
坂田
今回は随分と泣きついてくるまで時間がかかったじゃねぇか。

坂田は相変わらずといった様子でベッドに腰をかけている。
その手には――おそらく、今回の事件の資料らしきものがあった。
倉科
事前に坂田にも事件の資料を渡してあったんだよ。

もっと早く自分達が動いていれば、彼女は死なずに済んだのかもしれないのだから。
坂田
カニバリズム――物騒になったなぁ。

尾崎
蟹は関係ねぇっすよ。

坂田
蟹じゃねぇ。カニバリズムだ。人が人の肉を食う行動を指す。

坂田
アントロポファジーと言ったほうが、言葉としては忠実だな。

尾崎
蟹やらアポロチョコやらはいいから、分かってることを教えてくれっす。

坂田
チョンマゲ……お前、チョコ持ってんのか?

尾崎
ねぇっす!

坂田
ったく、期待させんじゃねぇよ。

坂田
一口にカニバリズムって言っても、大きくふたつの種類に分類される。

坂田
社会的行為としてのカニバリズム。

坂田
そして、そうではないカニバリズムだ。

変なところに造詣が深い坂田は、講釈を垂れるかのごとく知識を披露する。
坂田
社会的行為ってのは、その地域の慣習やら宗教が関与してる。

坂田
理由がどうであれ、慣習として意義が根付いている食人行為は、社会的行為と定義できる。

坂田
例えば、葬儀の際に故人を偲び、その故人の肉を食う地域が世界中であったことが確認されている。

坂田
表沙汰にはならないが、日本でも【骨噛(ほねが)み】と言う、葬儀で焼いた骨を食べ、故人の魂を取り込むという風習が残っている地域がある。これもカニバリズムの名残りだな。

縁
じゃあ、そうではない行為とは?

坂田
これもいくつかに分類できる。

坂田
代表的なのは薬としての服用だ。

坂田
日本でも過去に人の肝臓を薬にして服用していた記録が残っている。

坂田
今も胎盤なんかは美容を目的として服用されているとか。

坂田
他にあるとすれば、緊急事態下でのカニバリズム。

坂田
江戸の大飢饉では人を食った記録が残ってる。

坂田
ただ、今回の犯人はこれらのどれにも該当しない。

坂田
すなわち、本能に従った食人行為。人肉嗜好ってやつだ。

坂田
単純に、人の肉が食いたくて犯行に及んでるってことだな。

倉科
で、坂田――現状で分かることはあるか?

坂田
……犯人はとにかく几帳面だ。しかも自己顕示欲も強い。

坂田
普通、殺人を犯した人間は、事件の発覚を恐れる。

坂田
だが、この犯人は、別のところで殺害した遺体を、わざわざ人目につくところに運んで遺棄している。しかもレシピなんてものを残し、自分の痕跡を残している。

尾崎
うーん、犯人が自分の犯行を自慢してぇのは、なんとなく分かるっす。

尾崎
でも、どうして几帳面ってことになるんすか?

坂田
至るところで散見されるが、お前達にはレシピで説明してやるのがいいだろうなぁ。

坂田
まず最初の【人肉炒飯】のレシピだ。

坂田
レシピの材料は
【白米……適量】
【ねぎ……適量】
【生卵……1個】
【豆板醤……小匙1】
【人肉……2本】
【塩胡椒……小匙2】
だったはずだ。

坂田
続いて【人肉野菜炒め】は確か……。

坂田
【もやし……1袋半】
【人参……1本】
【食塩……少々】
【人肉……8本】
だったはずだ。

坂田
ここで引っかかるのは【塩】の扱いだ。

坂田
最初のレシピだと【塩胡椒】と表記されているのに次のレシピだと【食塩】と表記されている。

坂田
なんでだ?

坂田
百歩譲って【塩胡椒】は分かる。

坂田
だが、なぜわざわざ【塩】を【食塩】と表記している?

坂田
しかも【塩胡椒】は【小匙2】という分量表記だ。

坂田
【白米】やら【ネギ】は【適量】なのによ。

坂田
なんでか分かるか?

尾崎と倉科は口を閉じていたが、坂田が言わんとしていることに気づいた縁は、慌てて口を開いた。
縁
字面を合わせるため?

縁
レシピを見た際に、どちらかに文字が偏らないようにするためだと?

坂田
その通り。

坂田
このレシピは三点リーダー(……)を起点に、左右の文字数が釣り合うように作られてんだよ。

坂田
そもそも【もやし】だって【1袋半】って分量は適当すぎだろ?

坂田
でも【もやし】を【1袋】と表記してしまうと、左右の文字数が異なってしまうから、犯人は【1袋半】と表記したんだよ。

坂田
これから分かること。犯人は几帳面というだけではなく、異常なほどに左右対称に執着しているってことだよ。

坂田
シンメトリーってやつだな。
