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コメント
1件
おお、第4話めっちゃ熱かったですね!ハルと真紀の凸凹だけど噛み合った連携がいい味出してる。非能力者のハルが頭で戦うスタイル、真紀の豪快な戦闘狂っぷり、どっちも魅力的でした。そして案山子が戦いながら学習して、二人の声や動きまでコピーし始める展開がゾッとしつつも面白すぎる。「最悪ダ」ってハルの声で喋ったとこ、ゾワッときましたよ。最後に現れた白髪の男もめっちゃ気になる…この物語、仕掛けが凝ってますね!次話も楽しみにしてます。
ruruha
1,666
#中学校
#創作
ゆずき
57
#不気味
もな
118
第一部 学習する怪物
大学からの帰り道。
ハルはバスを降りると、いつものように 十六区の高架下へ足を踏み入れていた。
機械区。
無機質な工場と不法投棄された廃棄場ばかりが地平を 埋める、都市の余白のような区画だ。
空気には絶えず、酸化した鉄の臭いと排水溝の底で 腐敗した油の悪臭が混ざり合っている。
探偵事務所へ帰るには大回りをするのが筋だが この薄暗い裏路地を抜ければ二十分は短縮できる。
ハル
独り言を吐き出し、ハルは細い路地へ入った。
左右から迫るコンクリート壁は狭く、頭上には 無数の配管が血管のように這い回っている。
どこか遠くから、大型乾燥機のような低い駆動音が 微振動となって足裏を揺らしていた。
ゴォォォォ……。
熱気と湿気が停滞するその場所は、まるで巨大な機械の 内臓に飲み込まれたかのような錯覚を抱かせる。
配管の継ぎ目から、濁った水滴が不規則に落ちていた。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
初めて通ったときは気味が悪かった。
暗く、臭く、いつ足元に死体が転がっていてもおかしくない雰囲気。
それでも、人間という生き物は楽な道を 一度覚えてしまえば、恐怖や嫌悪感など容易に麻痺させてしまう。
――それが、ハルの冷めた持論だった。
路地を抜けると、不意に視界が開ける。
広がっていたのは、数年前に捨てられた廃商店街だった。
崩れ落ちたアーケードの骨組み、錆びついたトタン板、 横倒しになって落書きされた自動販売機。
割れたショーウィンドウの奥では、泥に塗れたマネキンが転がっている。
使われなくなった排水管からは濁水が絶絶と滴り、 頭上の巨大な穴からは、昼間だというのに暗い雨が降り続いていた。
ハル
夜になれば不良や能力犯罪者の溜まり場と化す場所だ。
昼間であっても空気は死に絶え、人影などどこにもない。
ハルが水たまりを避けながら足を進めた、その時だった。
モヒカン
雨音を切り裂いて、荒い吐息が響いた。
奥から走り出してきたのは、鮮やかな赤モヒカンに 鋲付きの革ジャン、肩パッドを装着した男だった。
世紀末のヒャッハーという叫びとともに火炎放射器でも 振り回しそうな格好だが、その顔は血の気が 完全に引き、土色に染まっていた。
ハル
男はハルの姿を視界に収めるや、目を見開いた。
モヒカン
モヒカン
男が叫びながらハルの横を通り過ぎざま、その肩を乱暴に突き飛ばす。
ハルがバランスを崩した、まさにその直後だった。
ブシュッ。
湿った嫌な音が鳴り響く。
男の頭部が跳ねた。
額の中央、眉間のど真ん中に、藁のような 繊維の混じった太い釘が貫通していた。
ハル
男の身体が硬直する。
見開かれた眼球。半開きになった口。
その間抜けた表情を見て、ハルの脳裏に妙な記憶が浮かんだ。
昔、額のど真ん中を蚊に刺されて 『ユニコーンみたいだ』と笑われていた同級生の顔。
だが、いま目前にあるそれは、笑える代物ではなかった。
貫通した太釘の後頭部側から、血と脳漿が細く噴出している。
一歩。二歩。
男は即死しているはずなのに、筋肉の慣性だけで歩を進めた。
口から、ひゅー、ひゅー、と無機質な空気が漏れる。
ぐしゃり。
男は前のめりに倒れた。
赤黒い液体が水たまりに広がり ハルのスニーカーの爪先をゆっくりと濡らしていく。
ハル
雨音だけが周囲を支配していた。
ハルの口の中が急激に干上がる。
普通なら、腰を抜かして叫び声を上げ、逃げ出す場面だ。
しかし、脳には極限状態に達すると恐ろしいほど冷静に現実を遮断する。
脳が認識を拒否しているのか、あるいは勝手に計算を始めているのか。
ハル
ようやく漏れた声とともに、ハルは倒れた男の腰元へ手を伸ばした。
大型のポリマーフレーム拳銃。
この街では珍しいものではない。
能力犯罪や異形災害が日常化し、警察が来る前に 人が死ぬ都市において、自衛武装を持つことは半ば常識だ。
ハルは汗で滑るグリップを固く握り締め、男の帯革からナイフも引き抜いた。
そして、視線を上げる。
ハル
商店街の深い暗闇の中に、“それ”はいた。
黒い。人型だ。
だが、人間を形だけ真似て作った不恰好な粘土細工に近い。皮膚は存在せず、濡れた赤黒い肉が露出している。
筋繊維が呼吸するように脈打ち、びちゃびちゃと不快な音を立てていた。
全身から生えているのは、毛のような無数の釘。
一本一本が独立した生き物のようにうごめいている。顔面に当たる位置には縦の大きな裂け目があり、その奥で黒い何かが蠢いていた。
鉄臭さと腐臭、濡れた古い畳のような悪臭が風に乗って漂ってくる。
化け物は、じっとハルを見つめていた。
冷たい汗が額を伝う。 手汗でグリップがぬるりと滑る。
心臓が耳のすぐ横でドクン、ドクンと耳障りに鳴っていた。 集中しろと思えば思うほど呼吸が浅くなる。
その時だった。
真紀
ハル
背後からの声にハルは本気で跳び上がり、反射的に銃口を向けた。
ハル
引き金にかかった指が寸前で止まる。
視界に飛び込んできたのは、探偵事務所の先輩である真紀の顔だった。
ハルは慌てて銃口を下げる。
ハル
真紀
ハル
真紀は呆れた顔で銃とナイフ、そしてハルを交互に見つめた。
あまりに引き切った、冷ややかな視線だった。
真紀
ハル
真紀
ハル
ハルの顔が一瞬で朱に染まる。
恥ずかしい。
だが、今の状況だけを見れば、銃とナイフを 持った男が路地裏でポーズを決めているようにしか見えない。
その瞬間――。
化け物
廃商店街全体を揺らす咆哮が轟いた。
ハルと真紀が同時に顔を上げる。
廃商店街全体を揺らす咆哮が轟いた。
ハルと真紀が同時に顔を上げる。
崩れたアーケードの屋根の上。
雨に濡れる鉄骨の上に、黒い巨影が立っていた。
ハル
ハル
ハル
身長は二メートルを超えている。
全身を覆う黒ずんだ肉布、顔を覆う破れた麻袋のような組織。
だが、その口元だけが横一文字に裂け、三日月の形に歪んでいた。
笑っているのか、単に肉が裂けているだけなのか。
錆びた五寸釘、長釘、細釘
全身に打ち込まれた針の山。 指先に至っては爪ではなく釘そのものが伸長している。
案山子が首を傾げた。
ぎ。ぎぎ。壊れた人形のような関節音が鳴る。
その視線がハルを捉え、次に真紀を見つめ 真紀が手持ち無沙汰に拾っていた鉄看板へ向いた。
もう一度、首が傾ぐ。
化け物
まるで、こちらの存在と行動を理解しようとしているかのようだった。
ハル
真紀
ハル
真紀
ハル
ハルは拳銃を握り直した。
ハル
ハル
その瞬間、案山子が跳んだ。
化け物
屋根が爆ぜる。黒い巨体が空中へ躍り出ると 同時に、全身の釘が一斉に射出された。
ハル
真紀
空が銀色に染まった。雨など生易しいものではない、金属の嵐だ。
ハルは一歩引く。
――僕は能力者じゃない。
その事実をハルは誰よりも理解していた。体術は鍛えている。
銃もナイフも使える。人間相手なら後れは取らない。
だが、能力者の領域には届かない。
飛んでくる釘を筋肉で弾くことも、弾丸を見てから避けることもできない。
だからこそ、考える。自分にできる限界を。
ハル
真紀
ハル
真紀
真紀は近くの大型鉄看板へ飛びついた。
うらァァァッ!!
全身の筋肉が一瞬で膨張し、人間離れした膂力で巨大な鉄板を地面から削り取るように引き剥がす。
盾のように構えた直後――。
ガガガガガガガガガガガガガガッ!!
金属の暴風が鉄板を叩き、激しい火花と鼓膜を突き刺す衝撃音が響き渡った。
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀
ハルが銃を構え、深く息を吐く。
空中を飛来する釘の軌略を網膜に焼き付ける。
パンッ!
一発の弾丸が、真紀の盾の死角へ飛ぶ太釘を弾き飛ばす。
パンッ! パンッ!
貫通する危険のある角度の釘だけを正確に撃ち落とす。
すべてを防ぐ必要はない。死に直結するものだけを選ぶ
それが非能力者であるハルの戦い方だった。
だが。屋根の上に着地した案山子の右腕が、不自然に動いた。
ハル
案山子は右手を前へ伸ばし、左手を下に添えた。
半身になり、膝をわずかに曲げる。
それは、ハルが今まさに取っている 射撃姿勢(ウィーバー・スタンス)そのものだった。
ハル
真紀
ハル
案山子の指先(伸びた太釘)が、引き金を引くようにカチリと屈曲した。
ハルの顔から血の気が引く。
ハル
真紀が案山子を見上げ、ハルを見つめ、もう一度案山子を見た。
真紀
ハル
案山子が首を傾げる。
ぎ、ぎぎ。 その仕草までもが、ハルが先ほど見せた癖と完璧に一致していた。
今度は案山子が、転がっていた自販機の扉を 引きちぎり、真紀と同じ角度で盾として構えた。
真紀
ハル
真紀の真っ赤な口元が、獰猛に吊り上がった。
真紀
ハル
真紀
真紀が拳を握り締める。ゴキリと凄まじい骨鳴りが響いた。
真紀
真紀が一歩踏み込む。
同時に案山子も全く同じ足運びで踏み込んだ。
バゴンッ!!
コンクリートが砕け散る。
ハル
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀
ハル
案山子が踏み込んできた。疾い。
真紀
真紀の拳が空を穿ち、案山子の自販機盾へ着弾する。
ズドォンッ!!と爆音が鳴り、自販機がV字に へこんで案山子の巨体が吹き飛んだ。
だが、空中で身体を柔軟に捻り、綺麗に着地してみせる。
ハル
案山子が再び真紀と同じ構えを取り、距離を詰めて拳を振るった。
真紀が身体を捻って回避した瞬間、ハルが軸足を狙って撃つ。
パンッ!
だが、案山子はハルの射線すら読んでいた。
体を最小限に捻って弾丸をかわし、その回転の勢いのまま 指先の太釘を一発、ハルへ向けて弾き出した!
ハル
ハルは死に物狂いで首を捻る。鋭い鉄の風が頬を掠め、血が吹き飛んだ。
ハル
ハルが傷口を押さえて固まる。
案山子もまた動きを止め、自分の指先を頬に当てた。
ハルと全く同じ仕草。指についた自分の体液を凝視し 舌をぬりと出してみせる。
ハル
すると、案山子の口元の裂け目が耳まで広がり――。
化け物
ハルと寸分違わぬ声で、そいつは笑った。
ハル
案山子が真紀へ視線を向ける。
化け物
今度は、真紀の声だった。
真紀
真紀が振り返る。目の奥から軽薄さが消えていた。
真紀
ハル
真紀が拳を握り直す。バキ、バキ。
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀が地を蹴った。
真紀
と叫び、案山子も同じ速度で突進する。
二人の拳が正面から激突し、ドォンッ!!と衝撃波が廃商店街を揺らした。
真紀の口元が歓喜に歪み、案山子も同じ顔で笑う。
ハルは恐怖に身を震わせながら、確信していた。
――まずい。こいつは戦闘を理解し始めている。そして、理解するほど強くなる。
その時、案山子がハルの声で囁いた。
化け物
ハルの心臓が、痛いほど跳ね上がった。
第二部 模倣の領域
ハル
ハルが血のついた頬を押さえながら言った。真紀が拳を構えたまま振り返る。
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀は猛獣のような笑みを浮かべていた。
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀
ハル
叫びながら拳銃を構え直した。
ハル
ハル
ハル
自分の震える手を見つめた。
ハル
ハル
ハル
真紀が静かにハルを見つめ、それからニッと笑った。
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀
真紀が前へ踏み出す。 真紀は馬鹿ではない。 無謀でもない。
ただ、己の肉体と戦闘という行為に対して 絶対的な歓喜と信頼を抱いているのだ。
強い相手を見れば、逃げる選択肢より先に拳が固まる――本物の戦闘狂。
ハル
真紀
ハル
案山子が動いた。全身から釘が噴出する。
ハルが瓦礫の陰へ転がり、真紀が跳躍する。
ハル
真紀
真紀が左へ大きく回り込み、案山子の視線を引きつける。
その隙にハルは右側の射線へ滑り込んだ。照準を固定し、引き金を絞る。
パンッ!!
弾丸が案山子の肩肉を穿ち、黒い体液が飛び散った。
だが、案山子は倒れない。むしろ、歪んだ口元をさらに広げて笑った。
ハルの背筋に不吉な悪寒が走る。
案山子が真紀を見つめ、同時にハルを捉えた。そして――動いた。
真紀の剛腕を沈み込んで回避すると同時に、ハルが次に移動するであろう瓦礫の方向へ、的確に太釘を撃ち込んだのだ。
ハル
ハルの思考を読んでいる。
真紀の攻撃パターンと、ハルの連動パターン
二人の連携 そのものをアルゴリズムとして吸収し始めたのだ。
真紀の拳を盾で防ぎ、その衝撃を利用してハルとの距離を一気に詰める。
ハル
案山子の背中から伸びた黒い藁の縄が、ハルの足首に絡みついた。
ハルはバランスを崩して激しく転倒する。 手から拳銃が滑り落ち、コンクリートの上をカラカラと転がった。
真紀
ハル
手を伸ばすが、拳銃には届かない。
案山子が歪な足取りで近づき、黒縄を使って転がっていた拳銃を拾い上げた。
そして、右手を伸ばし、左手を下に添え、銃口をハルへ向ける。
ハル
引き金を引く真真似――カチリ。
案山子は銃身の構造や硝薬の仕組みを理解しているわけではない。
だが 『ハルがそれを持ったとき、どういう殺意が発生するか』を 完全に理解していた。
案山子が自身の指先から生えた太釘を、銃口に見立ててハルへ照準する。
パンッ!!
空気の弾ける音とともに銃弾が飛来した。
ハルは死に物狂いで身体を捻ったが、鋭い鉄片が肩を削り取る。
ハル
真紀
真紀が割って入り、案山子の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
ドカッ!と鈍い音が響き、案山子の頭部が酷く歪む。
だが、案山子は後退しながらも、真紀の膝蹴りの角度と威力をその身で計測していた。
ハル
ハルは肩の激痛に耐えて立ち上がった。
遮蔽物を使う。射線を切る。相手の予測の裏を書く。
それが非能力者の生き残る術だ。 だが、案山子はハルの隠れる場所を ハルが顔を出す前に見つめていた。
次に僕がどこへ動くか。何を考えているか。そこまで読もうとしている。
ハルの喉が干からびる。
真紀が幾度も拳を叩き込み、案山子を吹き飛ばす。
しかし、案山子は倒れるたびに真紀の踏み込みや突きを 模倣し、その精度を上げて立ち上がってくる。
真紀
ハル
案山子の動きが真紀の肉体言語と混ざり合っていく。
真紀の拳を真紀の防御で受け、真紀の蹴りをハルの回避角度でかわす。
二人の長所を悪夢のように融合させた『怪物』へと変貌していく。
ドォン!!
案山子のカウンターが真紀の胸元を捉え、彼女の長身の身体が激しく弾き飛ばされた。
ハル
ハルが叫んだ瞬間、案山子の視線がハルへ向く。
ハルが拾い直した銃を構えると、案山子はハルが狙うであろう位置へ先回りして太釘を射出する。
左へ転がる、そこへ黒縄。
右へ跳ぶ、そこへ鉄パイプ。
上へ避ける、そこへ太釘。
ハルがどう動き、どう足掻くか、すべての手順が塞がれていく。
ハル
ハルの膝から力が抜けかけた。
ハル
その時、肩から血を流した真紀が、ふらつきながらも立ち上がった。
頬に深い傷を負い、呼吸は荒い。 それでも、その瞳には失われていない凶暴な火が灯っていた。
真紀
ハル
真紀
真紀がニッと笑う。
ハル
ハルは息を呑み、案山子を見据えた。
確かに強い。自分たちの動きを完璧に学んでいる。
だがまだ完全な『コピー人間』になったわけではない。
ハル
ハルは血のついた拳銃を再び両手で構えた。
二人が並び立つ。案山子は二人を交互に見つめ、首を傾げた。
そして、真紀の声で囁く。
化け物
ハルの顔が凍りつく。真紀の表情からも笑みが消えた。
化け物
案山子がもう一度繰り返す。
真紀が拳を固く握り締めた。
真紀
ぎ。ぎぎ。
歩み寄ってくる案山子の歩調は、もはや壊れた人形のそれではない。
真紀の力強さと、ハルの無駄のない重心移動が混ざり合った、洗練された『暗殺者の歩行』だった。
案山子が裂けた口を開く。
化け物
ハルの声。
化け物
真紀の声。
怪物は、二人の存在そのものを侵食し始めていた。
第三部 お前らを覚えた
雨が降り続いていた。
崩れたアーケード、散らばるコンクリート片 飛び散った血痕、そして足元を埋め尽くす大量の太釘。
ハル
ハルは肩を上下させ、荒い息を吐いていた。手が激しく震えている。
残弾はあとわずか。だが、もうまともに 照準を維持できる筋力が残っていない。
反動と疲労、そして失血による冷えが視界を霞ませていた。
隣の真紀も、右脚を深く釘に刺され朱に染まっている。 それでも彼女は膝を折ろうとはしなかった。
ハル
真紀
ハル
真紀
真紀は猛獣の瞳で案山子を睨みつけていた。
真紀
ハル
真紀
ハル
真紀
ハルは目を見開いた。
真紀は単なる戦い好きではない。
ハルが『非能力者としての頭脳』を持っていることを 誰よりも信頼しているのだ。
ハル
真紀が跳んだ。
真紀
と咆哮し、右脚の痛みを気迫で押し潰して肉弾戦を挑む。
案山子も全く同じ構えで応戦し、拳と拳、脚と脚が激しく交錯した。
ドォン!! ズドン!!
肉と鉄がぶつかる不快な重音。 真紀が吹き飛ばされ、空中で着地する。
ハルは走った。撃つと見せかけて、撃たない。
案山子の『目』がハルの銃口を追う。
ハルは射撃動作の予備動作だけを見せ、引き金を引かずに方向転換した。
瓦礫を蹴り上げ、小さな破片を案山子の視界へ飛ばす。
ほんの一瞬――コンマ数秒の感覚の遮断!
ハル
真紀
真紀の渾身の左ストレートが、案山子の胸板に直撃した。
ドォォォォン!!と衝撃波が雨を吹き飛ばし、 案山子の巨体が後方の壁へ激突する。
しかし、怪物は倒れない。頭部を歪ませながら立ち上がり、 真紀の動きを再度トレースしようとする。
真紀
ハル
真紀
ハルは息を呑んだ。
そうだ。案山子は学習の天才だ。 ハルと真紀の手札を完璧にコピーし、組み合わせている。
だが、それはどこまで行っても『二人の模倣』でしかない。あいつ自身のオリジナルの身体や戦術が存在しないのだ。
真紀
真紀が壊れた右脚を軸にせず、倒れ込みながら 不自然な体勢で左拳を振り抜いた。
セオリーを完全に無視した、破壊覚悟の捨て身の殴打!
ズドンッ!!
案山子の顔面が爆発するように歪み、大きくよろめいた。
真紀
ハル
ハルは拾った銃を両手で保持し、残りすべての弾丸を叩き込んだ!
パンッ! パンッ! パンッ!
弾丸が案山子の膝、肩、そして首筋の肉芽を粉砕する。 黒い体液が泥水に散った。
ハル
ハルが膝に手をつく。
だが――瓦礫の山から立ち上がった案山子は、 へこんだ頭部をギギギと鳴らして元に戻すと、冷酷に笑った。
化け物
真紀の声。
化け物
ハルの声。
怪物は二人の声を交差させ、嘲笑うように呟いた。
そして、ハルが落とした銃の残骸と、転がっていた鉄パイプを黒縄で巻き上げると、異様な行動に出た。
廃商店街の周囲に散乱していたすべての金属
自販機、トタン板、鉄骨、信号機、看板
それらが黒縄の磁力のような力に引き寄せられ、案山子の頭上へ集結し始めたのだ。
ギチギチギチギチッ!!
空を覆いつくす、巨大な鉄の塊。 それはハルの『弾丸』と真紀の『質量』を融合させた
怪物が導き出した最終解
超巨大な鉄の杭(パイル)だった。
ハル
ハルの全身から血の気が引いていく。
黒縄が地を這い、ハルと真紀の足を完全に縫い付けた。動けない。逃げられない。
頭上に聳え立つ、数十トンはあるであろう金属の尖塔。
あれが落とされれば、この商店街ごと砕かれ、肉片すら残らない。
ハル
真紀
ハル
真紀
真紀は血まみれの脚で、なおも縄を引きちぎろうと筋肉を躍動させていた。
真紀
案山子が頭上の鉄杭を掲げ、凶暴に裂けた口で叫んだ。
化け物
真紀とハルの声を合成した、狂気の宣告。
巨大な鉄杭が、重力に従って二人へ向かって落とされた。
死
その一言がハルの脳裏を白く染めた、その瞬間だった。
――ぱき。
小さな、氷が裂けるような音が響いた。
降り続いていた雨が、ピタリと停止した。
落ちてくるはずの数十トンの鉄杭が、空中でピタリと静止している。
いや、違う。落ちてくる途中で、 巨大な氷塊の中に完全に閉じ込められていたのだ。
空気が極寒へと一変する。
コンクリートも、破片も、雨粒さえもが、一瞬にして白い結晶へと変わっていく。
からん。からん。
静寂に包まれた廃商店街に、不似合いな下駄の音が響いた。
謎の男
穏やかで、どこか浮世離れした声。
白髪に白衣、その下に古風な着物を纏い、 下駄を鳴らして歩いてくる一人の男がいた。
雪のような真っ白な髪。透き通るような肌。年齢不詳の男だった。
真紀
真紀が警戒の目を向ける。男は笑みを浮かべたまま、怪物へ視線を向けた。
謎の男
案山子が異変を察知し、全身から無数の太釘を 男へ向けて射出した。銀色の嵐が男を襲う。
だが、男は揺らぐこともなく、ただ軽やかに下駄を鳴らして一歩かわした。
謎の男
男がふっと息を吹きかける。
次の瞬間、案山子の全身が足元から一瞬で凍りついた。
筋繊維の脈動も、生えた釘の蠢きも、 裂けた口も、すべてが透明な氷の中に閉じ込められる。
男は凍りついた怪物の前に歩み寄ると、 氷でできた美しい槍を一本、手の中に生成した。
謎の男
案山子はピクリとも動けない。
謎の男
ゴッ。
男が氷の槍を軽く突き立てると、凍りついた巨体は、頭部から足先まで一瞬でガラス細工のように微粒子となって砕け散った。黒い肉も、太釘も、悪臭すらも、すべてが白い結晶となって雪の中に消えていく。
あれほど二人を絶望へ追い込んだ怪物が、一瞬で消滅した。
謎の男
男は残念そうに呟き、呆然とするハルと真紀へ振り返った。
謎の男
真紀
真紀が膝をつきながらも睨みつける。 男はからん、と下駄を鳴らして微笑んだ。
謎の男
男は楽しそうに人差し指を一本立てた。
謎の男
真紀
謎の男
真紀
謎の男
男が背を向ける。その足元から白い雪が舞い上がり、 二人の視界を覆っていく。
ハルの意識が急激に遠のいていく。 失血と極限の緊張が解けた反動だった。
謎の男
からん。からん。
遠ざかる下駄の音。ハルの視界が深い闇へと落ちていく。
最後に聞こえたのは、真紀の悲痛な声と、男の穏やかな囁きだった。
真紀
謎の男
廃商店街には、静かに雪だけが降り続いていた。
怪物も、男も、もうどこにもいない。
ただ、静寂に包まれた氷の上には、 一粒の錆びた太釘だけが、静かに転がっていた。
カラン。カラン。カラン。