数学のかみさま 2

ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ

腕をめいっぱい伸ばして、 目覚まし時計を止めて、 文字盤を見れば、 珍しく最終スヌーズの時間ではなく、 今日は遅刻せずに済みそうだった。

そう。 昨夜、突然沙耶香から 電話がかかってきた。

用件はただ一つ。

例の彼についてだ。

単に……なんだ？

とまぁそんな会話があっての今日だ。 珍しく遅刻せずに来た私を見たら、 沙耶香は多分物凄くニヤニヤしながら からかってくるだろう。

普段よりも数本早い電車に乗って、 私は学校へと向かう。

遅刻ばっかしてるから、 周りに同じ制服を来た人がこんなに居る状況が珍しくて、 なんだか落ち着かない。

太原の隣にいるのは、 うちのクラスの委員長 平井 翔。

スポーツ万能 成績優秀、 おまけに美人の彼女がいるという、 リアル出木杉くん的な人だけど………

……そう。 毒舌なんですよね、 この人。

それさえなければ 聖人君子なんだけどなぁ…

うちの学校は下手に単位制だから、 あんまり授業をサボると、 単位不認定で留年するハメになる。

まぁ、私はきちんと計算した上で サボってるから、 留年の危険は無いけどね。

そうこうしているうちに、 学校に着いた私は案の定、 風紀担当教師に驚かれ、担任にも驚かれ、テンションはダダ下がりだった。

そして予想通り向けられる 沙耶香のニヤけ顔。

沙耶香のニヤけ顔からなるべく目を逸らし、私は数学の用意をした。

そして、始まった1時間目。

沙耶香のせいで 無駄に右隣を意識してしまう。

ちらりと横目で見れば、 例の千尋くんは、 もう既に半分 夢の世界へと旅立っていた。

え、はやくない!? まだ1時間目だよ!?

と、心の中でツッコミを入れ、 はっと我に返る。

いやいやいや、何気にしてんの私！ この人と喋ったことはおろか、 まだ知り合いにすらなってないんだからね！

うわ、やっちまった。

気づいた時には既に、 クラスが笑いに包まれていて、 私はまたもや 赤面せざるを得なかった。

当の本人、 河原 千尋は、まだうつらうつらしていて、なんか無性に、 ＿＿＿イラッときた。

先生が、苦笑しながらチョークで河原千尋を指さした。

うっさいわ太原。

心の中で毒づきながら、 私は立ち上がり、 河原千尋の肩を揺すった。

何だこのベタな展開は。

私は盛大にため息をつきながら、 着席した。

なんだか今日一日、災難に見舞われそうな予感がして、私は窓の外に目をやった。

そういえば、 すみませんでした と謝る河原千尋の声は、 想像してたのより 少し低かった。

授業後、太原が笑いながら話しかけてくる。

ったく、太原は何を狙って絡んでくるんだろう。

まさか私の事好きなのだろうか。 いや、奴に限ってそれはない。

大原の好みのタイプは 物静かな清純タイプ(本人談)だったはずだ。

まぁ太原が私をどう思っていようと、 私は奴を好きにはならないからな。

心の中でそう言うと、私はさやかの手を引いて、次の授業へと向かった。

その後、 私は予感通り災難に見舞われまくった。

2時間目の生物では、 当てられまくった上に半分くらい間違えて怒られ(授業聞いてなかった)、

3時間目の現国では、 問題文をまるまる音読させられた。

4時間目は平和だったものの、 5時間目の世界史は、 教科書を忘れて怒られ、

6時間目の英語は、 まさかの抜き打ちテストで、睡魔に勝てず途中で寝落ち、 クラス最低点を記録。

今日は何かがおかしい。

やはり、平井くんの言った通り、 地震でも起きるのだろうか。

放課後、私達は図書室へ来ていた。

こう見えて、私は図書委員で、 週に一度、カウンターの番をしなければならないのだ。

今が16時30分だから、 あと1時間半。

私は暇を潰すための適当な本を見繕って、カウンターに座った。

数分後。

興味無さそうな返事を返したものの、 なんとなく気になって、私はカウンターから窓の外を見る。

でもあまりに遠すぎて、 どれが河原千尋から分からない。

上が薄い青…… あ、あれかな。

沙耶香の言葉と写真を頼りに、目を凝らすと、1人、それっぽい人が見つかった。

遠目に見る河原千尋は、 表情こそ見えないが、授業の時とは違って、なんだか生き生きしているように見えた。

その後しばらく、 私は彼を見ていた。

そして、時は過ぎ、 時刻は18時30分。

司書の本間さんに挨拶をして、 私はカウンターを立つ。

ついでに窓の外を見れば、 河原千尋はもう居なかった。

外はまだ少し明るくて、 夏前特有の匂いがした。

沙耶香が指さす方には、 青いヘッドホンをした男子が ノロノロと歩いていた。

そうこうしているうちに、 沙耶香の声に気づいたのか、 河原千尋はヘッドホンを外して こちらを振り返った。

そして、開口一番。

その目は怪しい人を見る目そのものだった。

そう言って 河原千尋が指したのは、 同じ陸上部だったはずの 沙耶香だった。

沙耶香がありえない、と言った顔で 河原千尋を見つめる。

そういや沙耶香は部活引退と共に、 髪の毛をばっさり切ったんだった。

あ、覚えてたんだ。 隣の席の人だって。 ていうか、 今日起こしてあげたわけだし そりゃ覚えてるか。

苦笑いしながら沙耶香をいさめつつ、 私はふとスマホを見た。

私の帰りが遅いのを心配した母からLINEが来ていた。

すぐに返信。 そういや今朝は早起きの話ばっかしてたから、遅くなること言ってなかったな。反省。

私は沙耶香達を置いて、 交差点を曲がって行った。

そう言って、河原千尋はヘッドホンをつけると、あかりとは別方向に歩いていった。

沙耶香の呟きだけが、 その場に響いた。

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