海
もう…生きていく自信がない
海
海
…ごめんな、千春……
千春──彼女の名前を口にしたのはいつぶりか
少なくとも 彼女が死んでからはいっさい口にしていない
高層ビルの屋上
今から俺はここから飛び降りる
そして 千春のもとへ行くんだ
海
(あぁ…会えたらいいなぁ)
そんな思いを夜風に乗せ
目を瞑り 前に体重をかけた──
目が眩むような真っ白な光
背中には冷たい感触
目を開けずにはいられなかった
海
ここは……
わっ
澄んだ青空 眉を潜める女性
俺は…死んだ、のか…?
海
あの、すみませんが
は、はい
海
俺、死んでます?
え…………
海
先ほど飛び降りたのですが
海
どうも体に痛みを感じなくて…
は、はぁ…
頭を打ったのではないですかね…
これは…生きているパターンだ
でも ここはどこだ?
死んでないとしたら そりゃあ 生きているんだろう
あのっ
女性がおどおどしながら話しかけてきた
海
はい……?
あ
頭を打った後で悪いんですが…!
海
いえ、頭を打ったかどうかは分かりません
あ…すみません
海
いえいえ
それでですね、あの
女性は一呼吸置き こう言った
──海……さんですか?
かい……?
確かに女性は俺の名前を言った
海
はい…そうですが
……!
海
俺、あなたとお会いなんて
海
海
…ん?
待てよ
この女性の顔
…似てる
似てるぞ
海
千春……………さん?
おっと危ない
(一応)初対面の人に呼び捨ては、な
あ、えっ
まさか………
明らかに動揺している
千春
……千春です
か細い声で女性は言った
それは 涙混じりの声だった
海
千春さん……
久しぶりにみた彼女の顔
今 確かに千春はここにいる
だが………
海
つかぬことを言いますが
海
俺の“千春”は
海
海
既に…他界したんです
千春
海さんの…千春……さん?
本当ににつかぬことだ
千春さんは 俺の想う千春でいいのか?
人違いだったらとんだ無礼者だ
千春
そのようなことを…言うのなら……
千春
千春
私の“海”も、亡くなっています
海
千春さんの想う海……さん
海
海
──俺、なんですかね
…はっ
いや まだわからないじゃないか!
でも 千春さんは笑っていた
千春
──そうかもしれませんね
千春
海と似たものを感じます
海
俺も…千春と似たものを……
千春
もう少し
千春
千春さんのことを聞いてもいいですか?
海
…えぇ
海
海さんのことも教えて下さい
海さんが死んで 千春さんが生きている世界
千春が死んで 俺が生きている世界
俺の想う千春と 千春さんの想う海さんは きっと───







