それは、トリックアートを見た時の感覚に近かった。
写真には、制服姿の僕と美月と彩乃が写っていた。
卒業証書の入った筒を持っている。
卒業式に撮られたようだ。
三人が同級生であることは、美月の話で知っていた。
問題は、僕の隣にもう一人いることだった。
いや、もう一人というのは、適切な表現ではない。
僕の隣には「僕」がいた。
僕と全く同じ顔をした男が写っていたのだ。
渡部瑛太
僕は不安を紛らわすために、笑って言った。
そんな僕を、美月はまっすぐに見据えた。
彼女の目は「この写真は本物だ」と語っていた。
最後に訪れたのは、マンションの一室だった。
ドアが開いて、出てきたのは、パジャマ姿の彩乃だった。
こんな夜中にやってきた僕らを、彼女は戸惑いつつも入れてくれた。
一人暮らしにしては、広い部屋だった。
その時だった。
ドアが開いて、男が出てきた。
僕と同じ顔だ。
あの写真は本物だった。
渡部亮太
男はそう呟いた。
僕は何も答えられずに、立ちすくんだ。
森本美月
美月は囁くように言った。
森本美月
弟は、僕を見つめながら、彩乃に寄り添っていた。
森本美月
渡部瑛太
僕はおもむろに呟いた。
何かを思い出しそうだった。
森本美月
そう言われた瞬間、僕は目を閉じた。
今までに見た写真のイメージが、頭を駆け巡る。
海辺、公園、チャペル。
微笑む彩乃と、その隣に寄り添う僕。
いや、それは僕ではなかった。
同じ顔の、別の人間。
弟の亮太だった。
そっと目を開いた。
入った時には気づかなかったが、部屋には写真たてが置かれていた。
そこには、寄り添う彩乃と亮太が写っていた。
そして目の前に、その写真と同じ構図で、寄り添う二人がいた。
僕は全てを思い出した。
僕と美月と彩乃、そして双子の弟の亮太は、高校時代いつも一緒にいた。
僕は彩乃が好きだった。
しかし彩乃は、亮太のことが好きだった。
彩乃と亮太は付き合い、卒業後も交際を続け、結婚した。
僕は諦めきれず、彩乃のことを想い続けた。
そんな時、鬱病になった。
精神的に不安定となった僕は、彩乃にストーカー行為をするようになった。
彩乃はそれを迷惑に思って、僕を避けた。
僕は亮太の出張中に、「一度デートしてくれたら、付きまとうのはやめる」と言って、彩乃を誘い出した。
そして、そのドライブの途中で、事故を起こした。
彩乃は軽傷だけで済んだが、僕は記憶を失った。
森本美月
美月は記憶を思い出した僕に言った。
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
美月は切ない表情で僕を見ていた。
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
森本美月
美月は涙目でそう言った。
彩乃を見ると、怯えた顔をしていた。
そんな彼女を守るように、亮太は肩を抱いていた。
それを見て、自分は邪魔者だと理解した。
僕はここにいる全員の心を傷つけ、幸せを脅かす存在だった。
記憶が戻れば幸せになれると思っていた。
でも、現実は残酷だった。
渡部瑛太
渡部瑛太
渡部瑛太
渡部瑛太
僕は亮太と彩乃に頭を下げた。
そして、美月を見た。
渡部瑛太
渡部瑛太
渡部瑛太
それだけ言って、僕は部屋を出た。
一人で歩いていると、今まで美月に守られてきたのだと、思い知った。
これから自分の力だけで生きていくと思うと怖かった。
僕は社会人として、自立をしていなかったのだ。
こんなことなら、何も思い出さなければ良かった。
そう思うと、笑えてきた。
僕は笑いをこらえ、夜明け前の道を歩いた。
それから、3年が経った。
僕はその間、亮太や彩乃、そして美月とは会っていなかった。
現在は、住み込みの仕事を見つけ、一人で暮らしている。
僕は海辺を訪れた。
流木のある場所へ歩いて行くと、スマホを取り出した。
「ARフォトグラフ」を開いて、画面に浮かび上がった写真を見つめた。
何度も見返した、一枚の写真。
それは、ドライブでここに来た時に撮った、僕と美月の写真だ。
僕はあの後、何度もここへ来て、この写真を眺めた。
美月の微笑みは、どこか切なげだった。
それは、「僕の記憶が戻ったら別れなければならない」、そう悟っているようだった。
ずっと一緒にはいられない寂しさを、抑えているように見えた。
そうやって、写真を何度も見るうちに、美月の愛情の深さを感じ、彼女を愛おしく想うようになった。
写真に見入っていると、砂浜を歩く足音が聞こえた。
美月だった。
僕は3年ぶりに、彼女に連絡をしていた。
森本美月
あの頃と同じ、穏やかな声だった。
彼女は微笑んでいた。
波の音を聴きながら、僕達は見つめ合った。
コメント
6件
すごい…… 全く想像のつかない展開で、とても面白かったです!✨
こんな夜中にコメントすみません…驚きの展開でした!真実を知った主人公はあの後幸せになれたのでしょうかね…複雑な思いを断ち切る勇気がとても良かったです!
「ARフォトグラフ」は今回で最終話です! 読んでくださった皆さん、ありがとうございます😊