テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
アグリ艦隊は、ガイロ艦隊と正面から対峙していた。
「全軍、後退。」
静かな命令が下る。
銅鑼と太鼓が鳴り響き、漕ぎ手たちは一斉に櫂を逆へ押した。
小型艦隊は波を切り、見る見るうちに距離を広げていく。
「見ろ! 逃げたぞ!」
「高速船とはいえ、後退では速力も出まい!」
ガイロは口元をゆがめた。
「包囲する! 左右へ広がれ!」
巨大艦隊が両翼を広げ、獲物を包み込むように前進する。
しかし――。
「……縮まらん?」
副官が目を見開いた。
大型艦は旋回も加速も鈍い。
一方、小型艦は水面を滑るように走り続け、間合いは一向に詰まらなかった。
やがて沖合まで追ったガイロは舌打ちした。
「……よかろう。」
「逃げ足だけは速い。」
彼は艦を反転させる。
「カニデス隊と合流する。全艦、反転!」
巨大艦隊がゆっくりと向きを変え始めた、その瞬間だった。
「敵艦、急速接近!」
見張りが絶叫する。
「なにっ!」
先ほどまで逃げていたアグリ艦隊が、風を裂くような速度で背後から突っ込んできた。
「おしり丸見えだなあ。」
アグリは薄く笑う。
「――ファイエル。」
次の瞬間。
ゴンッ!!
鋼鉄の銛が次々と撃ち放たれた。
狙いは船尾。
舵と櫂が集中する、艦の急所である。
「ぎゃああっ!」
「舵が壊れた!」
「旋回できん!」
船尾へ突き刺さった銛は鎖でつながれ、そのまま巻き取られる。
再装填。
そして、再び発射。
まるで狩人が獲物を射抜くように、一隻、また一隻と大型艦が航行不能となっていく。
「……なんだ、これは。」
ガイロは呆然とつぶやいた。
その光景を見た瞬間、彼の脳裏に、かつて聞いた一つの戦いがよみがえる。
――ジュリアス。
――あの男が海戦で用いた、新兵器。
#シェイプシフター
柊遊馬
4,994
#戦国時代
眠狂四郎
284
#戦国時代
眠狂四郎
196
#軍師
眠狂四郎
153
「ジュリアス様。」
「ん? どうした。」
「グランの船は他国より小さいですよね。」
「ああ。」
「だったら、大きな船を造ればいいんじゃないですか。」
ジュリアスは苦笑した。
「巨大な船で海を塞げば、敵は近づけません。」
「それで、敵も同じ船を造ったらどうする。」
少年はにやりと笑った。
「ちゃんと考えてあります。」
「相手が大きいほど困るようにすればいいんです。」
ジュリアスは目を細めた。
「……面白い。」
そして現在。
(あの時の少年……。)
ガイロの脳裏に、忘れかけていた記憶がよみがえる。
(そうだ……。)
(アグリは、あの場にいた。)
ジュリアスの隣で目を輝かせながら、新しい軍船の話をしていた少年。
(なぜ今まで思い出さなかった……。)
(ジュリアスの海軍設計は……。)
(いや――。)
(グラン海軍そのものが、あの少年の発想から始まっていたのか。)
ガイロは目の前の光景へ視線を向けた。
巨大艦の船尾を、まるで獣の急所を狙うように撃ち抜いていく小型艦隊。
「……そういうことか。」
その声は、恐怖に震えていた。
「残存艦隊をまとめろ。」
「アンゴラ湾へ戻る。」
ガイロの声には、もはや先ほどまでの余裕はなかった。
(大変なことになった。)
(このままでは制海権を失うだけでは済まない。)
海を制する者が戦を制する。
それは軍人である彼が誰よりも理解している。
ガイロは歯を食いしばった。
(急がねば。)
(アントン様へ、この事態を伝えねばならぬ。)
艦隊は傷ついた船を引き連れ、アンゴラ湾へと退いていった。
その頃――。
陸から海戦を見守っていたカニデスは、言葉を失っていた。
「……なんということだ。」
つい先ほどまで海を埋め尽くしていた巨大艦隊が、無残な姿で引き揚げてくる。
船尾を砕かれ、舵を失い、曳航される戦艦。
勝ち戦を確信していた兵たちの顔から、血の気が引いていく。
「海軍が……。」
「負けた……。」
誰かが漏らしたその一言が、静まり返った陣営へ重く響いた。
カニデスは拳を強く握りしめる。
(これで……。)
(我らは海からの支援を失った。)
彼は初めて、この戦が自分たちの思い描いていたものではないと悟った。
「急げ!」
カニデスは副官たちへ怒鳴った。
「南の港湾都市すべてへ伝令を出せ!」
「敵襲に備えよとな。」
副官は戸惑う。
「どの都市へ向かわせますか?」
「全部だ!」
カニデスは即座に言い切った。
「一つ残らず連絡しろ!」
将たちは一瞬顔を見合わせる。
ようやく、その意味を理解した。
イージプから送られる兵糧も武具も援軍も、すべて海路を通る。
その荷は南方の港湾都市を経由して陸軍へ届けられていた。
もし制海権を失えば――。
港はいつ襲われてもおかしくない。
補給路は寸断される。
二十万の大軍は、剣ではなく飢えによって崩壊する。
カニデスの額を、一筋の汗が伝った。
(これは海戦の敗北ではない。)
(補給戦の始まりだ。)
海戦勝利の報は、瞬く間に王都グランへ届けられた。
港では鐘が鳴り響き、市場では人々が口々に勝利を語る。
その中心にいたのは、一人の男だった。
アグリ。
もともと兵たちからの信望は厚かった。
鍛え抜かれた肉体。
日に焼けた精悍な顔立ち。
その姿は、多くの若者が憧れる「グラン兵」そのものだった。
マエナスは、この機を逃さなかった。
「グランの守護神。」
「海戦の天才。」
「史上最強の艦隊。」
その言葉は吟遊詩人の歌となり、酒場の噂となり、
街角の話題となって王都中へ広がっていく。
そして、その評判は国境を越え、敵陣へも届いていた。
コメント
1件
いやあ、痺れましたね……! アグリの「小型だからこそ、大型艦の死角を突く」戦術が、ジュリアスとの過去の会話に繋がる構成がもう完璧で。特に「おしり丸見えだなあ」からの銛連打、敵の揚げ足を取るような勝利が痛快でした。ガイロがジュリアスの隣にいた少年のことを思い出した瞬間、物語の重みが一気に増した気がします。制海権が補給戦に直結する構図も、戦略小説としての巧みさを感じました!