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「ここがゲームセンターですかー」
ゲームセンターに入るなり、心野さんは物珍しそうに周りをキョキョロと見回し、そして観察していた。とりあえず僕は安堵。心野さんが怖がっている様子はない。むしろワクワクしているのを感じた。
「どう? 全然怖い所じゃないでしょ?」
「はい! すっごく安心しました! 店内もキレイだし、明るい雰囲気だし、楽しそうなゲーム機がたくさんあるし。あ!」
何かを見つけたのか、心野さんは猛ダッシュでそちらへ向かった。今日の心野さん、まるで子供だなあ、心野さんって。興味のある物に一直線だ。
「但木くん! これってなんですか!?」
心野さんが珍しくはしゃいでいる。なんだか嬉しいな。
「ああ、これ? これはクレーンゲームってやつ。お金を入れると中にあるアームが動くからここで操作して、それで欲しい物を掴んでそこの穴に落とすの。心野さん、何か欲しい景品でもあったの?」
「はい! これです、これが欲しくて。私、集めてるんですこのグッズ」
指をさすその先には、カエルのぬいぐるみがあった。へえー、そうなんだ。心野さんってこういうのが好きなんだ。少しずつだけれど、心野さんの好みが分かってきたような気がする。割とファンシーな物が好きなのか。なるほどなるほど。
「どう? 試しにやってみる?」
「もちろんやります!」
僕は隣についてどこのボタンを押したらどう動くのか、それを説明した。動かし方を理解した心野さんは、待ち切れないとばかりにいそいそとお金を投入。そして、ものすごいやる気オーラを醸し出しながらアームを動かし始めた。
が、しかし。
「え? あれ? あの、但木くん? ちゃんとアームで掴んだのに、すぐにポロリと落ちちゃうんですけど」
「あー、これ、アームがだいぶ弱いね。クレーンゲームって設定があってさ。それでアームの強弱をつけるんだ。でもこれ、だいぶ苦戦すると思うよ? ……って、こ、心野さん? ちゃんと聞いてる?」
心野さん、完全に集中――否、夢中モードに入ってしまった。僕の説明が終わる前にお金を投入し、すぐさまアームを動かし始めた。もちろん、掴んでもすぐにポロリと落ちてしまった。アームが弱すぎるから戦略を教えようと思ったんだけど、全く聞いてない。というか、たぶん耳に入っていない。ストッパー外れちゃったか……。
「こ、心野さん? あのね、ちょっと聞いて?」
「むーー」
よほど欲しいのか、はたまた悔しいのか。心野さんはほっぺたを膨らませながら、かまわずお金を投入。しかも連打で。いや、そのやり方じゃいつまで経っても景品は取れないし、これって一回200円だから破産してしまうような……。
「あ……小銭なくなっちゃった」
「うん、ちょうどいいや。それじゃ、こういう場合の戦略を教え――え!? こ、心野さん!? どこに行くの!?」
心野さんは迷うことなく、躊躇することなく、駆け足で両替機に一直線で向かった。そしてすぐに戻ってきた。小銭の山を両手いっぱいに持って。……これ、幾ら分なんだろう。
「いや、あのね心野さん? 取り方をちゃんと教えるから」
「話しかけないでください、集中力が切れちゃうので」
なんという真剣さ。こんな心野さん初めて見たよ。でも話しかけないでと言われてもなあ。そのやり方じゃ無理なんだって。だけど話を聞いてくれないし。
――そして、約三十分後。
「こ、心野さん、大丈夫?」
全ての小銭を使い切り、まるで魂が抜けてしまったかのように、呆然。だから教えてあげるって言ってるのに。って、もう手遅れか。
「ねえ、ちょっと訊きたいんだけど、一体幾ら使っちゃったの?」
「……五千円です」
うわあ、結構使ったなあ。そりゃ魂も抜けるというものだ。だけどその金額だったら、もしかしたらいけるかもしれない。
「すみません、店員さーん」
僕の声掛けに反応してくれた若い男性の店員さんがこちらに来てくれた。さて、奥の手を使うことにしよう。上手くいけばいいんだけど。
* * *
「ふふ、うふふふっ」
心野さんはカエルのぬいぐるみを嬉しそうに抱きかかえている。
そういえば、心野さんのちゃんとした笑い声ってあまり聞かないな。意識が飛ぶ前の笑い声は聞いたことあったけど、あれとはちょっと違う気がする。慎ましやかな笑い声だけれど、心の底から喜んでいるのが伝わってきた。
「良かったね、心野さん。優しい店員さんで」
「はい! すっごく嬉しいです! 但木くんのおかげです!」
僕が使った奥の手。それは店員さんに使った料金を伝えてぬいぐるみをもらうという手だ。このぬいぐるみはそこまで大きくない。むしろ小さい。だからお店側が想定する『使って欲しい金額』というものは大した額ではないと判断した。
なので僕は店員さんに幾ら使ったのかを説明。店員さんは嫌な顔ひとつせず、心野さんにぬいぐるみ手渡してくれた。奥の手成功だ。
この奥の手、お店によっては無理な場合ももちろんある。まあ、一か八かだったけど、上手くいって良かった。
「あ、そうだ。心野さん、今日の記念にプリクラ撮りに行こう」
「プリ、クラ? ですか? それってどんなものなんですか? でも、なんとなくどこかで耳にしたことがあったような……。あ! そうでした! 中学生時代にクラスの誰かが教室で言ってました! 見たことがないから都市伝説だと思ってましたけど、まさか現実に存在するとは……」
「そうなんだ。うん、都市伝説なんかじゃないよ、安心して。うーんとねえ、簡単に言うと写真かな。機械の中に入って撮影して、そしたらシールみたいに貼れる写真が出てくるんだ」
「しゃ、写真ですか!? し、しかも但木くんと一緒に!?」
「うん、一緒に。どう? 撮っていかない?」
「はい、撮ります! 撮りたいです! まさか但木くんと一緒に写真を撮れる日が来るなんて。撮ったらそれ、神棚に飾っておきますね」
「そ、それはやめておいてほしいかな……」
「……分かりました、やめておきます。我慢します。そ、それじゃ、せめておばあちゃんの仏壇の遺影の隣にしておきます」
「そっちの方が嫌だからやめて! なんか僕まで亡くなった人みたいじゃん! 心野家での僕の存在って一体どうなってるのさ!?」
「そ、それは言えないですけど……」
知りたい……本当に知りたい。でも言えないようなことになっているのは確かみたい。知りたいし訊きたいけど、めちゃくちゃ怖いんですが……。
「あ、でも……私って写真写り悪いんです。見ても笑わないでくださいね」
「笑うわけないじゃん。僕も写真写り悪いし、お互い様だよ」
そんなことを話しながら、僕達はプリクラ機の方へ歩みを進めた。心野さんとの記念。思い出。それを形として残すために。
で、プリクラ機のコーナーに入ったわけだけれど、種類がいっぱいすぎてよく分からない。まあ、適当でいいか。
「心野さん、じゃあこれにしようか」
「はい! 分かりました! すごい、本当にあったんですね。都市伝説ではなかったんですね。って、え!? ここも!? ここも密室なんですか!?」
と、言って、心野さんは鼻を押さえて深呼吸。絶対に何か妄想してたな心野さん。僕、無事にプリクラ機から出てくることができるのかな……。
「あ! あと、あとですね。写真撮って魂抜かれちゃったりしませんか?」
「……心野さんって、何時代の人?」