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上野文
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臣桜
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翌週、本部は正式な通達を出した。
文面は慎重で、角が立たないよう何度も磨かれている。
――「業務上、定義不可能な“意味”の過度な使用を控えること」
――「数値化されない解釈の共有は、判断の均質性を損なう恐れがある」
禁止ではない。
だが、近づいている。
“意味”という言葉は、使ってはいけないものの一歩手前に置かれた。
会議室では、その通達を巡って誰も拍手をしなかった。
反対も、賛成もない。
「……これで、落ち着きますかね」
問いは宙に浮いたまま、誰も拾わない。
落ち着くかどうかを判断する指標が、もう存在しないからだ。
本部は、代替を探し始めた。
数値でも、意味でもない、“別の権威”。
理念。
行動指針。
創業時の精神。
書庫から引きずり出された古い資料は、どれも手触りが違った。
今の現場には合わない。
だが、それを「合わない」と言う基準も、すでに揺らいでいる。
「……理念、って」 「測れないですよね」 「でも、測れないものを禁止した以上……」
誰かが、途中で口をつぐむ。
言い切れない。
本部は、**“理念を数値化する試み”**に着手した。
その時点で、ほころびは確定していた。
数値は、何も語らない。
ただ並ぶだけだ。
一方その頃、月影は――
自分に向けられている視線の理由を、まだ知らなかった。
通知は来ない。
削除判断も、更新指示も、保留連絡すらない。
それが、いちばん奇妙だった。
端末に表示される日常業務は、昨日と変わらない。
依頼も、評価も、滞りなく進んでいる。
ただ一つだけ、違う。
「選択ログ」の空白が、放置されている。
本来なら、どちらかが埋めるはずの欄。
最適か、非最適か。
更新か、削除か。
だが、そこは空白のままだ。
月影は、その空白を見つめながら、思い出していた。
――過去に、止められなかった案件。
そのときも、数値は問題なかった。
理念も、守られていた。
ただ一つ、“選ばれなかった選択”だけが、誰にも拾われなかった。
拾わなかったのではない。
拾えなかった。
月影は、その空白を自分のものとして保持している。
まだ、誰にも渡していない。
渡せば、何かが起きる。
起きないかもしれない。
だが、今はまだ――
選ばない、という選択そのものを、ここに置いている。
同じ頃、佐伯は別の画面を見ていた。
禁止指標として消されたはずの数値。
それが、なぜか別のログに混入している。
意図していない。
だが、確かに“戻ってしまった”。
佐伯は一瞬、迷う。
修正するべきか。
見なかったことにするべきか。
だが、画面に並んだ数字は、あまりにも静かだった。
「……これは」
声に出した瞬間、理解する。
この数値は、
“何も起きていない理由”を、最も正確に示している。
佐伯は、それを報告してしまう。
数値として。
ただのデータとして。
その瞬間、本部の内部で、微細な亀裂が走る。
意味を禁止したはずなのに、
意味に最も近い説明が、
数値の形で戻ってきてしまった。
本部は混乱する。
「……これ、どう扱います?」 「禁止指標ですよね」 「でも、無視できない」 「無視したら、理由がなくなる」
理由。
またその言葉が、口に出かけて、飲み込まれる。
一方で、花子は――
そのすべてを知らないまま、いつも通りの日常を送っていた。
提出した言葉を、もう使わないと決めた静かな後日。
彼女は、別の言葉を選んでいない。
選ばないことが、
すでに選択になっていることにも、触れない。
だが、世界のどこかで、
その言葉は独り歩きを始めている。
意図しない場所で、
意図しない形で。
本部が最も恐れている未来に、
最も穏やかな顔で、近づきながら。
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