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◻︎夫源病かも
まとめた衣服を詰めた紙袋は8個もあった。我ながらよく溜め込んでたものだと感心する。
「これが全部買った時と同じ金額のお金になったらなぁ……」
「何言ってるの、いまさらだよ、涼子ちゃん」
今日は、これらを伊万里が教えてくれたイベント会場へ持って行く。あの後、光太郎も思い立っていくつか処分したようで袋が二つ追加されていた。
会場に到着すると、案内板があって会議室のような場所へと誘導された。一度に運びきれないから、2人で分けて運び込む。
受付で簡単な身分証明をして、奥へと進む。
「わりとたくさんの人が来てるね」
「流行りだもんね、こういう片付けが」
重い袋をテーブルに乗せて、順番を待つ。係の人が簡単に中身をチェックするらしい。
「あれ?もしかして?」
係の人が私と光太郎を見て、声を掛けてきた。顔をあげて声の主を確認する。
___どこかで見た顔だけど……
懐かしいような感じはするけど、どこの誰だったか思い出せない。知人であることは間違いないのだけど。
「どなたでしたっけ?」
私の代わりに夫が訊いてくれる。
「あの、石﨑です、羽田さんですよね?主人と同期の……」
「あー、石﨑君の奥さん?」
光太郎につられて私も思い出した。石﨑という、とてもきちんとした光太郎の同期の人がいたことを。
何年か前、会社の何かの集まりで会ったことがある。夫同士は同期だけど、この奥さんは私よりもだいぶ年下だったはず。なのに、白髪?いや、グレイヘアがパサついてメイクもほとんどしてないし服装もグレーと紺でとても地味な印象だ。前回会った時はこんなに老け込んでなかったんだけど。
「思い出しました、お久しぶりですね、というか、あの時以来ですね。ご主人も退職されたんでしたよね?お元気ですか?」
「はい、元気です」
そう答えながら、なんだか元気がない。見た目からの印象だろうか。
「今日は、ここはお手伝いですか?」
「えぇ、お隣の方が勤めてらして、ボランティアで手伝ってくれないかと言われたので」
「ボランティアか、それもいいな」
何かを思いついたような光太郎。
「それより、石﨑くんも来てるのかな?」
「あ、えっと、いいえ。ここには来てません」
「なんだ、せっかくのボランティアなら夫婦でやればいいのに。それとも定年しても忙しくしてるのかな?彼はずっと忙しくしてたから」
《せっかく》の意味がわからないけど。
「すみません、これ、お預かりしますね」
話題を変えるように、私と光太郎が持ち込んだ紙袋を確認し始めた。
「まだあるから、持ってきますね。さ、次取りに行くよ」
急ぎ足の光太郎に追いつきながら、訊いてみる。
「ね、石﨑さんの奥さんって、あんな感じだったっけ?」
「おとなしい人だった記憶はあるけど、なんか今は雰囲気が変わった」
「だよね?」
残りの紙袋を2人でえっちらおっちら運び込む。今度は受付なしで、そのままさっきのテーブルの所まで持ち込んだ。
「あ!」
「おお!羽田君、ホントだったんだな。ここに来てるって」
「石﨑君、相変わらずシャン!としてるね。少しもくたびれてない。奥さんを手伝いにきたの?」
「まさか、俺がボランティアなんてやれないよ。昼飯の時間だから迎えにきたんだよ」
ふと壁掛け時計を見た、12時を回っていた。
「こんにちは、石﨑さん。お昼ご飯だからって奥様をお迎えになんて、優しいですね。これからお二人でランチですか?」
「ランチ?食べには行きませんよ。何のために嫁がいるんですか。俺の昼飯を作ってもらうために迎えに来たんですよ」
___は?
「ご主人はお仕事なんですか?」
「まさか。家でテレビを見てただけですよ。それでもやっぱり時間になると腹が減るもんですね」
___何言ってるんだ?コイツ!
自分は家でテレビを見てたくせに、お昼ご飯を作ってもらうためにボランティアしてる奥さんを迎えに来ただと?
「涼子ちゃん、僕らもお昼ごはんにしよう、ね?」
光太郎は、私の表情が変わったことに気づいたらしく、後ろから腕を引っ張ってきた。
「あら、奥さんそれは大変ですね。せっせとボランティアしてたのにご飯の用意までしなきゃいけないなんて。まるで家に何もできない乳飲み子がいるみたいですね」
サーッと石﨑の顔色が変わったのがわかった。
「羽田君の奥さんですよね?いきなり何を言うんですか?失礼じゃないですか?」
「そうだよ、涼子ちゃん、いきなり何を言うかと思えば……行こ、ほら」
光太郎は、さらに私の腕を強く引っ張る。私は石﨑の奥さんを見た。驚いたように私と自分の夫を見ている。
「失礼しました。私はてっきり、定年退職したご主人が家にずっといてふんぞり返って“飯は?”“風呂は?”“新聞は?”なんて奥さんに命令してるのかと思いましたよ。そんなわけないですよね」
「そ、それが当たり前じゃないですか!こっちは何年も家族のために働いてきたんだから、定年退職したら家でゆっくりしてもいいでしょ?お宅だってそうでしょ?」
石﨑の奥さんは黙って立っているだけで、話には入ってこない。今の奥さんの状態は、間違いなく夫源病だと思うんだけど。
「いやぁー、それがうちはちょっと…」
光太郎が頭をぽりぽりかきながら私を見た。光太郎に代わって私が説明する。
「うちは、主婦にも家事の定年制を設けたので、夫には自分のことは自分でやるように言ってあります」
「は?本当なのか?羽田君」
「まぁ、本当のことだよ」
「よくそんなことを許すもんだね、信じられない」
「許すとか、そんな問題じゃなくて。自分のことくらい自分でできるようにならないと離婚するって言われたんだよ。それに、やってみると案外楽しいもんだよ、料理とかさ」
光太郎の話を聞いていた石﨑の奥さんの表情が変わった。