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また、振り出しだ。
一体、どうすればいいのか分からなかった。
アキラは私のことを愛してくれなかった。
生まれ変わったはずの私を。
サプライズで会ったのに、「今会うのは不味い」とでも言うような反応だった。
隣の女を見やる目が証明していた。
しかし、なぜだろう。
私はこんなに愛しているのに。
アキラだって愛してくれたはずなのに。
確かに、アキラ自身が言ったのに。
正式なお付き合い……。
そう。私がするべきなのだ。
それなのに、まさかあの女と本気で?
信じられない。
ありえない。
ああ。
アキラ。
アキラ、アキラ、アキラ。
どれほど走っただろう。
大学から飛び出して、行き先も定まらないまま駆けた。
まだ、夏の日差しが厳しくて、流れる汗が不快だった。
時折、涼しい風が私を慰めてくれる。
その同情が今は鬱陶しくて、夏の暑さより辛くて、閑散とした知らない住宅街をとぼとぼ歩いていた。
誰にも会いたくなかった。
それでも、アキラは別だ。
あんなことがあっても、愛してくれなくてもずっと一緒がいい。
ずっと。
永久に。
……そうだ。永久がいい。
あの女を、殺そう。
今の私はいらない子。でも、あの女もいらない子。
今までだってずっと我慢してきたんだ。
見逃してやってたんだ。
だったら、アキラを悩ませる存在はいらないし、それは私だけでいい。
でも、私はいらない子。
でも、あの女もいらない子。
アキラは、あの女を選んだ。
アキラは、私を捨てた。
だったら。
あれから1週間が過ぎた。
私は、浮遊している……が、地に足ついてもいる。
目的ははっきりしていた。
今から、あの女を殺す。
計画を立てるのは簡単だった。
情報は集まっているからだ。
待っててね。アキラ。
今から、あなたに最高のプレゼントをあげる。
そう。
アカリとアキラ。
「やめてください。お願いします」
女は啜り泣きながら言った。
服従。
あんなに憎かった女は私に服従していた。
私は片手に包丁を持って、四肢を縛られたこの女を見下ろしていた。
両目には涙が溜まり、懇願する口元は恐怖のあまり痙攣している。
私は冷めた目つきで周囲を見回す。
狭い2DKのマンションの一室。
綺麗に整えられてはいたが、生活感を感じるものがところどころ散乱している。
一般的な女大学生の部屋だ。
侵入は簡単だった。
私はこの女のことを調べ尽くしている。帰ってきた時には、不用心にも暫くは扉を開けてある。
この時間だと、アルバイトがすぐ後にあるかるだ。
着替えて、荷物を持ってすぐに出る。
その習慣の隙を狙った。
押し入ってすぐに鍵をかけ、死なない程度に頭をトンカチで殴る。
気絶したところを麻縄で縛って固定し、声を出されないように口も縛っておいた。
念のため、音を立てないように移動して、両隣の部屋のチャイムを押して隠れる。
調べていた通り、隣人もこの時間は不在だ。
反応はなかった。
部屋に戻ると、女は意識を取り戻したようで自身の現状を理解してパニックを起こしていた。
私は顔を蹴り倒して、声を出すなと命令した。
もちろん「声を出したら殺す」と包丁をちらつかせながら脅したのだ。
私は女と話しておきたかった。
最後に、別れの挨拶をしておきたかったのだ。
時刻を確認する。
17時24分。
もう、そろそろ殺した方がいい。
ここには、私とこの女だけしかいない。
名前を失った人間しかいない。
そう。これは通過儀礼だった。
私と女は同じ人間なのだ。
だから、同じ世界に同じ人間が存在してはいけない。
そのための、儀式。
「アキラのこと、好き?」
私は聞いた。
女は震える声で言う。
「わ、わたしがアキラのことを好きなのが気に入らないの……ですか?」
「うん。気に入らない」
微笑んで応えた。
そして、また思い切り顔を蹴った。
女はうめく。
口の端を切ったようで、一筋の血液が流れ落ちていた。
私は体育座りになって独り言を言うように話しだした。
「ねえ、私思い付いたの。あなたがアキラのことを愛していて、アキラもあなたのことを愛している。それは堪えられない……でも、私がアキラを一方的に想ったところで何も変わらない」
「……」
「じゃあ、アキラを振り返らせられるように頑張ってみる? ふふ。馬鹿みたい。そんなの、無理よ」
「ど、どうして?」
「あなたが言うの? 嫌味? それ」
「いや、違います。そうじゃないです!」
「はあ。アキラ。愛しいアキラ。でも、愛しくてずっと見てきたからこそわかったの。文芸部であなたとアキラが一緒にいた時の、あのアキラの嬉しそうな顔」
私の頬を涙が伝った。
「そう。私のことを愛してくれているはずなのに、アキラは結局、あなたを選んだ」
「あなた、私をどうする気……ですか?」
女の視線は、私の握る包丁を凝視している。
部屋の電燈に照らされて、刃が鈍く光っていた。
私もその包丁に目を落としながら答える。
「そこで、考えたのよ。私があなたになればいいんだって」
「あなたが‥‥私に?」
「そう。私はあなたとして生きていくの」
「じょ、冗談でしょ。そんなことが」
「できるよ」
「え?」
その時、後ろの扉が開く音がした。
した。
下。
というのが、俺の妄想だった。
俺……アキラ。
俺が全ての作者。
1人の妄想が現実に侵食していたからこそ、突然、笑ってしまったり。大きな声をあげたり。
側からみればそう見える。
それで、周りの人だって俺のことを異様な目で見て……。
伏線?
ああ。簡単さ。
夏のホームで語り手かと思われたアカリは暑さに強いと言っていた。
でも、おかしいと思わなかった?
それは、言動が一致していないこと。
強がっているとはいえ、じゃあなんで、語り手は帽子をかぶっていたんだよ。
それに、暑かったら汗が当然流れるよね。
アキラ目線から言えば、そんなのアカリの強がりも見えすいた嘘になっちゃう。
アキラは感心する必要なんかないんだ。
あ、気づいた?
そうそう。実はアキラも帽子をかぶっていたんだよね。
信じられない?
なら、読み返してみなよ。ほら。
「アキラも今日は帽子を被っている」
ちゃんと書いてある。
ああ、それにさ。
アキラはコヨミという少女から、
「作品と作者を分離できていない」
と評されていたね。
もちろん、これも伏線さ。
過剰なほど “アキラ” というワードがこの小説内に出てくるのは知ってるよね。
ううん。恥ずかしいなあ。
それは、俺自身をたくさん登場させたい気持ちもあったし、俺を目立たせたかったからなんだ。
「究極のナルシスト」
確か、アキラは作中でもそうやって自己分析していた描写がある。
アカリとコヨミ。
この2人の女から迫られるサスペンス小説!
でも、全ての作者はアキラ!
この俺だったんだという展開を見せたかったんだよね。
はは。どうだrrrrrrrrrrrrr
というのが、私の妄想だった。
私……アカリ。
うそつき。
そう。私は嘘つきだ。
心を……欺いていた。
心に鎖をかけてしまっていたんだ。
正直になれない、悲しい獣だった。
確かに、私には実の弟がいた。
名前はもちろん、アキラ。
愛していた。
とても愛していた。
でも、実際にはもういない。
事の真相を語ると、それは6年前になる。
私とアキラは双子の姉弟だけれど、幼い頃から2人ともよく遊んでいた。
でも、何か違うことはお互い気づいてた。
そう。私たちは。
私たちは異性として愛し合っていた。
それが強く意識されるようになったのが、小学校高学年頃だから……11、12歳くらいだろう。
きっかけは、ただ、いつものように二人して勉強していた時だ。
私たちはある意味で子供らしくないというか、どこか達観していた。
鬼ごっこやかくれんぼの楽しさがわからない。
同年代の流行りが面白くない。
だから、家で読書をしたり勉強したりする静かな空間を好んだ。
既に中学2年生の勉強に差し掛かっていたと記憶している。
そうして勤しんでいたのだけど、どうしても分からない問題があった。
確か、数学の確立で、応用問題だった。
目を上げて、アキラの方を見る。
黙々と問題集に取り掛かるアキラ。
いつもは自由奔放な性格で、家族のみんなを困らせることもあった。
でも、今は真剣だ。
まだ、私より背も小さいのに思わずドキッとした。
胸が熱くなって、次の瞬間には……
「お、おいアカリ!」
「え、ああ、ごめん」
アキラにキスをしていた。
無意識に行動していた。
目を開くと目の前にはアキラの顔が間近にあって、口元は柔らかい感触。
手で押し退けたアキラは赤い顔をして、どぎまぎしていた。
……かわいい。
胸が熱くなって、次の瞬間には……
「お、おいアカリ!」
「え、ああ、そんな」
アキラを窓から突き落とした。
無意識に行動していた。
目を開くと目の前にはアキラの顔が間近にあって、手元には硬い感触。
私が手で押し退けたアキラは青い顔をして、どきまぎしていた。
……かわいい。
胸が熱くなって、次の瞬間には……
ラズベリーのように赤い、とても紅い血を流してアキラは死んでいた。
衝動的だった。
理由なんかわからなかった。
ただ、殺さないとこの気持ちが弾けてしまい、どうにかなりそうだった。
だから殺した。
私は事故だと言った。
「止めようと思ったのに、体が動かなかった」
そう説明した。
「2人でたまには身体を動かす遊びでもしようと思って、アキラがふざけて窓枠に乗ったら」
そこで私は泣いた。
嘘だった。
うそつきだ。
それからというもの、私の人生は嘘だらけだった。
表面上は常人のように振る舞っていたけど、いつ心の決壊が起こるかわからなかった。
それを防ぐために、アキラを心の中に作り出した。
自分を守るために、だ。
アキラを忘れないとか、アキラに対する罪悪感や贖罪のためにではない。
そうした気持ちが一切なかったかと言われれば、当然あった。
けれど、もうそんな償いをするには遅過ぎたのだ。
アキラを心の中に宿した動機……それは決して正当なものではないのだ。
今回は、バチが当たったんだ。
いつしか本当にアキラがいると思い込んでいて、自分との仲を乱す女……コヨミという架空の敵を作り出した。
正確に言えば、本当にコヨミは居る。
同じ部内の副部長なのだが、気に入らなかった。
男に媚びていて、嫌いなタイプだった。
だけど、まさか心の中のアキラを狙っているんだと倒錯してしまい、私は……。
コヨミを本当に殺してしまったんだ。
そんな
そんな
そんな
そんなあ
そんなあ
そんなあ
そんなあ
そんなあ
そんなあ
そんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああぁああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
三度目の正直 ←click
というのが、私の妄想だった。
……ああ。本当に、僅かな妄想だった。
頭の中が錯乱して、現実に焦点が合わない。
「私は誰? 一体誰なの?」
声を出す。
確かに、耳から伝わる刺激を脳が正しく処理しているならば、Hzの数値は高いはずだ。
つまり、女。
あ、女。
あ、男だ。
私は目をやる。
血まみれだった。
女と男が倒れている。
薄暗い電燈の下に、男女が倒れていて、私の手には赤く染まった包丁が握られている。
‥‥カーテン、閉めないと。
私は不思議に思う。
こんな状況でも意外と冷静だったからだ。
しかし、無理もない。
いま、目の前に倒れているのは人形に過ぎない。
ただの、ゴミだ。
でも、たった1人殺したのは本当だ。
いま、完全に存在が消滅した。
1人の人間。
代わりに、目の前に転がる2人の人形の魂は私の中に入っている。
恐らく、先ほどの混乱は元の心が抵抗した、最期のあがきだったのだろう。
そう。私はアカリ。
そして、アキラ。
元の魂の名は……コヨミと言ったっけ。
私俺はコーヒーを飲んだ。