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ベルベットで作られたであろう高級そうな刺繍まで施された赤い天蓋。それを支える柱が伸びる先はこれまた上質なベッドへと繋がり、広いであろう部屋の中で簡易的な個室を作っている。角付きの男が座る方だけが開かれ、彼の背後に見える室内は簡素化されてはいるものの、『ヨーロッパ王宮の室内かよ!』と誰もがツッコミを入れたくなる設えだった。
派手では無いが、触れるのが怖くなるくらい高級感を醸し出すベッドサイドテーブルがあり、上には赤い薔薇が飾られて水差しとガラスのコップが置いてある。 壁には、写真かと一瞬勘違いしてしまう程の腕前で描かれた風景画が何枚も飾られていて、外出せずとも外の雰囲気を教えてくれた。
(病室なんかじゃないな、此処は)
部屋の雰囲気だけで、そう確信出来た。
「此処は何処で、貴方は…… えっと、誰ですか?」
慌てて身体を起こし、震える手で指をさす先には、やっとまともに認識出来た羊の様な大きな巻き角がある。『コスプレ?』とも考えたが、こんな手の込んだ室内でわざわざ素知らぬ他人の私相手にコスプレ姿を披露する必要は無いから、それは違うとその可能性は即座に捨てた。
でも、本当に素知らぬ他人なのだろうか?目の前の男性は、さっきから私を知っているかの様に話し掛けてくる。でも、こんな容姿の人を知ってる訳がないし…… そもそも——
(デカイし、頭に角あるし!知らないし!こんな、こんな美丈夫!)
ぐだぐだと頭を悩ます私を見て柔かに微笑み、彼が口を開く。
「ここは『神々の作りし箱庭』だ。一々『神々ー』なんて大層な名前で呼ぶのは面倒だし仰々しいから、皆には『アルシェナ』と呼ばれる事の多い世界だ。最初に生まれた人間から取った名前らしいよ」
「はぁ…… 」
話を聞き、間抜けな返事が口から出た。
(ヤバイこの人、厨二病だ)
さっきは違うと思ったけど、やっぱりきっと、この角もコスプレだ。よく出来てるけど。似合ってるけど。
「僕の名前は…… 『カイル』。覚えてない?」
『カイル』と名乗った男性が、切なそうな顔を私に向けた。当然、私は全力で頭を横に振る。
「そう、か。残念…… 」
ふぅと息を吐くと、カイルは指差しをしたままだった私の手を握り、「——やっぱり、無理があったのかなぁ」とぼやきながらも、愛おしげに手を撫でてきた。 そして思慮深げに瞼を閉じる。長い睫毛が切なさをも訴えながら伏せらている姿に、不思議と少し胸が痛んだ。
ふぅと息を吐き出すと、一呼吸置き、カイルは再び話し出した。
「君は、此処の世界の人間じゃ無い。別の世界から僕が召喚して、呼び寄せたんだ」
「しょ、しょうかん?」
疑問符が頭を占める。
「『召喚』。わかる?魔法を使って、別の場所から何かを呼び出す行為なんだけど」
「あぁ、『召喚』っ!」
『本で読んだ、知ってる!何だぁ例のアレかぁ!』と叫びそうになったが、何とか堪えた。『——そんな訳あるか!』と即座に思ったからだ。
きっとあれだ。実は何処かにカメラがあって、私を驚かせようとしてるんだ。素人さんにちょっかいをかける番組か動画投稿者に目を付けられたに違いない。魔法とか召喚とか言われても、ホント意味わかんないし。
キョロキョロと、挙動不審に周囲を見渡し始めた私に向かい、カイルはプッと笑いをこぼす。
「ネズミでも探してるのかい?」
(んなもん探すか!ってか、どうしてネズミ?)
『——は?』と今にも言い出しそうな表情をカイルに向けると、彼はそんな私すらも可愛いと言いたげな顔で、握る手に頬擦りしてきた。驚き、反射で手を引っ込めようとしたが、放してくれない。痛くない程度に強く握られた手は、完全に拘束されていた。
「君の名前、『イレイラ』だろう?『イレイラ』なはずだ。いや、君は『イレイラ』だ!」
疑問形から始まった言葉が、確信を持ったものに変わる。『訊く意味があったのか?』と思ったが、それよりも、どうして私の名前を知ってるんだろう?名乗っただろうか?と不思議に感じた。
(——あ、鞄の中の身分証を見たのか)
納得のいく答えに行き着いたが、勝手に鞄の中身を見られたのかと思うと気分が悪い。道路に倒れていた所を助けてくれた相手なら『緊急だったのだから仕方ない』と思えたが、どうやら彼は救護者では無いようなので気持ちの切り替えが出来なかった。
「…… まぁ、そうですけど」
渋い顔で頷く。するとカイルは一気に破顔し、私の体を力強く抱きしめてきた。
「——お帰り!上手くいってよかったよ。あ、もちろん失敗する心配はしていなかったよ?イレイラの関わる事で僕がミスをする筈がないじゃないか!」
そう叫び、ギュウギュウと抱きしめられたせいで体が少し痛い。嬉しそうに私の背中を撫で、その手が首や頭をも撫でてくる。撫でるのが、この人はどんだけ好きなのやら。
知らない人に散々撫でられて気味悪く思わない事に疑問を感じつつも、私は彼から逃げるべく、カイルの胸を強く押した。
「放して下さい!——んで、順序立てて説明して!」と叫んだが、逃げられなかった。むしろ悪化した。
ベッドに腰掛けて座っていたカイルが上にあがり、豪奢なヘッドボードへ寄り掛かかって長い脚伸ばして座る。そして私を脚の間に引っ張ると、背後から抱きしめてきたのだ。腕の中の私は、いつの間にか着替えさせられていた夜着姿のままだったいうのに、がっちり拘束して、彼は頭を優しく撫で始めた。
「いや、あの…… 放してって頼んだと思うのですが」
(それと説明!)
困惑したまま、拘束する腕を解いてもらうべく引っ張ってみるが、当然ビクともしない。そもそも五十センチ以上はありそうな程に体格差が凄いので、到底無理な話だった。