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「ここだと思った」
「どうして、わたしがこの辺りにいることがわかったのですか?」
この質問にセドリック様の口元がうれしそう緩んだのがわかった。まるでこの質問を長い間待っていたかのよう。
「俺の記憶では学生の時、シェリーは分厚いミクパ国の歴史書を読むというか、眺めていなかったか?この本、意外に挿絵が多かったよな」
そう言って、指が重なった本の背にもう一度手を伸ばし、セドリック様はわたしが探していたミクパ国のことが書かれている本を手に取った。
「セドリック様はミクパ国の本はここにあることを前からご存知だったのですか?」
「シェリーが読んでいたのを見ていた。その後に俺も読んでみた」
「えっ?」
セドリック様が横をフィと向いてメガネをクイとした。耳が真っ赤だ。
もしや照れておられる?
「前に…愛でていたと言っただろう。シェリーを学生時代からずっと見ていたんだ」
確かにあのワインぶっかけ騒動の時に、わたしのことを可愛げがないと罵ったご令嬢から庇うように、賢くて可愛いと長年愛でていたからわかると庇ってくださった場面を思い出す。
「いつから…」
わたしの目の前で顔を真っ赤にし、視線を合わせてくれないセドリック様に質問しながら、自分の記憶を辿る。
セドリック様をよく見かけたのは図書室だった。メガネをかけた物静かな学生だった。
「そう言えば、セドリック様は図書室によくいましたね」
ボソッと小声で呟く。
「俺が図書室によくいたことをシェリーは知っていたのか?」
横を向いていたのに、すぐにわたしの方に向き直りなして、驚いたようにそしてやや興奮気味にセドリック様は前のめりで聞いてきた。
「セドリック様と言えば図書室が思い出されますよ。よく来ておられるのは知っていましたし、ずっとわたしが成績で学年1位になれなかったライバルでしたから目にはつきましたよ」
その当時の、セドリック様に追い越せそうで追い越せない成績が歯痒かった気持ちを思い出し、思わず苦笑いしてしまう。
図書室にいるセドリック様を見ては、「この人、また勉強しに来ているのか」と感心したことを覚えている。
「俺は学生の頃、シェリーの視界に入っていたんだな」
セドリック様は少し震える小声でそう言うと、口に手を当ていまにも泣きそうだ。
それを見ているわたしまでなんだか泣きそうになる。
「婚約のお話しが出た時に、すぐに財務課にいる同級生で学年1位のあの図書室の人だとすぐにわかりましたよ」
「そうか、そうだったんだ。俺はずっと…ずっとシェリーの視界に入りたかったんだ。俺の存在に気づいていたんだ」
セドリック様は持っていた本を抱きしめて気持ちを落ち着けようとされていた。
わたしはそんな様子のセドリック様を見て、なぜか胸を鷲掴みにされたように胸がぎゅっとなった。
その後はミクパ国関連の本は他にもないかと、ふたりで並んで図書室を見て回る。
この図書室に学生時代は頻繁に出入りしていたふたりだけあって、会話が弾まないわけがなかった。
シェリーはずっと俺が不思議に思っていた絵の多い本を読むことが多かった理由を教えてくれた。
絵の綺麗な本がとても好きだったと。それに活字中毒気味だったシェリーには、絵の多い本を眺めるのは心休まる時間だったらしい。
セドリック様がわたしを縋るような目で、「俺、気持ち悪いよね」と話しだしたのは、わたしの読んでいた本が気になって同じ本を読んでみたことが何度か?あったことを暴露された。
ミクパ国の本もそうだったらしい。
その暴露話を聞いても嫌悪感とかはなく、思ってもみないことだったのでただ純粋に驚いただけだった。
学生時代のことだし時効ですね。と告げると「嫌われなくて良かった」と急にセドリック様の表情が明るくなったのが可笑しかった。
同じ本を読んでいたおかげ?で、話題が尽きることはなかったけど、セドリック様がわたしを愛でていた期間をこっそり数えてびっくり。
優に数年はある。
その事実に気づいて、一気に赤面と動揺が襲ってきた。
図書室の司書にお願いして見つかったミクパ国の本を借りて、図書室を後にする。
夕日に照らされる廊下をふたりでゆっくり歩く。陽の差し込み方も、遠くで聞こえる生徒達の声も、この風景は少しもあの頃と変わらない。
学生時代にセドリック様と話す機会があれば、なにかが変わっていたのだろうか?
どんなことになっていたのだろうか?
黙々と隣を歩くセドリック様を気づかれないように少しだけ見て、学生服姿のセドリック様を思い浮かべてみて思わず赤面する。
風に吹かれて黒髪をなびかせながら、わたしの名前を呼ぶセドリック様。
麗しい過ぎるんですが。
「…シェリー、シェリー」
ハッとする。
「はい?」
「疲れた?ぼんやりしていたけど、大丈夫か?」
「ちょっとした妄想を」
そう言って、自分の手でパタパタと熱を持った頬をあおぐ。
「シェリーの本好きの深さが今回、すごくわかったことが俺の収穫かな」
「本はなんでも教えてくれます。愛しい存在ですね」
「俺にとっても本はそんな存在かな。シェリーは俺の愛するものがだんだんわかってきた?」
急にセドリック様がそんなことを聞いてきて、ドキッとした。
セドリック様を見上げれば、余裕な表情で笑っておられた。
「わかりません」
わからないではなく、いまは知りたくないと思っている自分がここにいる。
「このまま白い結婚で1年後は離婚する?」
「それもわかりません。仕事はやっぱり大事だし、愛しています。でもセドリック様の手は好きになりました」
それを聞いたセドリック様が、メガネをクイッとして弾けるような笑顔になった。
「うん。いまはそれだけでもうれしい。次はどこを好きになってもらおうかな」
そう言って、セドリック様が指を絡めてきた。
(こ、これは恋人繋ぎ!)
わたしはさっき、本を取ろうとしてセドリック様と触れ合った指先がセドリック様の「愛でていた」思い出とともに好きになりましたよ。
西日の陽がさす中、ぎゅっと絡み合った指先。
セドリック様の指も好きになりました。