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#ワンナイトラブ
実家に帰れば度重なる質問に嫌気が差すので、お盆の休暇も正月休みも帰省することは無かった。
お姉ちゃん達・が居るあの家は、最早私の帰る家とは随分と形を変えてしまったから。
無職の彼氏との子どもを身ごもり、大学を中退して、皆んなの忠告を無視して結婚したお姉ちゃん。
勘当紛いの扱いを受けたのにも関わらず、すぐに離婚して帰って来ると、あんなに怒っていた両親はすぐにお姉ちゃんを受け入れた。
私が同じ行動をしたのなら、完全に見捨てていただろうに。
『依愛は失敗しないで』
お姉ちゃんに聞かせないように、居ない時に呪文みたいに言われ続けた。
期待をして、裏切られるのが怖いから先を望みたくはない。
終わりが怖いから、その先を見つめる自信がない。
だけど今年は、”ちゃんと考えてるから”お母さんへの定型文みたいなやり取りを、初めて心から言える気がして帰省を決めた。
私が樹の、最後になればいいのに。
…………それでも、
私は無条件に手を繋ぐ事が出来るのかな。
望むことばかりが増えていく私が
その手を繋ぎ返すことが出来るのかな。
『リベンジ?』
『うん。クリスマス』
『ホテルの?ラウンジに?』
『行きたいんでしょ』
『い、行きたいっ』
『落とせば良いんだよね』
『……もう、完璧に落ちてますよ』
◆
今朝の会話を思い返せば勝手に頬が緩む。
しかし、ポン、と、エレベーターが鳴くので慌てて表情を作った。
ボタンを押して人の乗車を待っていれば、恰幅のいい男性が現れるので、既に伸び切った背筋に更に緊張を乗せる。
「お疲れ様です、社長」
「あぁ、お疲れ様」
「社長室でよろしかったですか」
「構わないよ」
素早くボタンを押した瞬間、嗅ぎなれた甘い香りが私を包んだ。
やはりそこには思った通りの常葉くんが居て、私を確認すれば軽く微笑むから再び筋肉が抵抗をやめる。「7階で」言われて直ぐに我に返り、開閉ボタンを押す。
「妹さん達もお元気かな」
「煩いだけですよ」
「何よりだよ。もう随分とお会いしていないな」
「会わなくて良いですよ、本当に、煩いだけなんで」
常葉くんと社長は、平然と会話を続けた。
そう言えば眞鍋さんとは親同士が仲良いって言ってたっけ。
だけど眞鍋さんと対面するより、社長とも普通に話す様を見れば、境界線がはっきりと敷かれた気分にさえなる。
そのままエレベーターは、先に常葉くんを下ろすのでつかの間社長と二人きりの空間となる。
すると途端に空気が薄くなった気がして、たった一階の差が重石を付けたみたいにスピードを緩めた。
「穂波くん、かな」
聞きなれない声が私を呼ぶので、咄嗟に身構えて「はい」と気を張った返事をだす。
「今から少し時間はあるかな」
その言葉はいくら急用があったとしても有無を言わせない力があるので、同様に頷くしか出来なかった。
降りる予定だった階を素通りして、エレベーターは自社ビルの頂上に私を案内する。
どの階も同じ広さなのに四部屋しかない贅沢なエリア。先を歩く人物はその最奥に向かうので素直に後を追う。
厳かな扉の先は広々とした室内に座り心地の良さそうなソファーと執務用の大きな机、それからずらりと壁に掛けられた肖像画が私を出迎える。
「どうぞ、座りなさい」
縮こまる私に社長は穏やかに促すけれど、手が届かない様な人が似合う椅子に腰を落とすことなど到底許され無いので、必死に首を横に振る。
「いえ、結構です」
「そうかい?なら手短に済まそうか」
机に手を置いた社長は、ちらりとこちらを見ては目元の皺を深くした。
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