テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
日埜和なこ
440
#恋愛
ばたっちゅ
20,231
管野アリオ
656
臣桜
50,509
馬車に揺られスセルの砦に到着したフェリシアを出迎えたのは、イクセルだけではなかった。
「はじめまして、フェリシア様。僕、エイリット・アベンスです。今日はお会いできて光栄です」
ふわふわの栗色の髪に、つぶらな薄紫色の瞳。まだあどけなさを残す少年は、名を聞く限りイクセルの弟だ。しかし、人懐っこく可愛い系に属するエイリットは、兄と似ても似つかない容姿である。
「は、はじめまして。えっと……こちらこそ光栄ですわ」
とまどいを隠しきれないままフェリシアが略式の礼を執れば、エイリットは目を輝かせる。
「うわぁー、なんて綺麗な所作なんでしょう。兄様から色々お話は聞いてましたが、実際、お会いしてみるとお話以上に素敵な女性ですね。兄様の婚約者がこんな素晴らしい女性だなんて、僕、弟として誇らしいです」
え? とフェリシアは心の中で呟き固まった。
しかし違うとは言えないし、期間限定だと説明するのはグレーゾーン。何よりエイリットの隣にいるイクセルの笑みが怖い。
「……ふっふふ。恥ずかしいですわ」
穢れを知らない純粋無垢な少年に嘘をつく罪悪感に耐えられなかったフェリシアは、とりあえず笑ってその場を誤魔化した。
その対処は恐らくギリギリ及第点といったところだったのだろう。イクセルは物言いたげな視線をチラリと向けたが、すぐに表情を元に戻して口を開いた。
「今日は来てくれてありがとう、シア。弟が夏季休暇に入ってここに遊びに来てね」
「遊びに来たわけではないですよ、兄様」
「おっと、そうだったな。すまない。弟はここに目的があってきたんだ。それで、今日は貴女に少しばかり協力してほしい」
そう言って、イクセルはエイリットに目を向ける。なんだろう。微笑ましい兄弟のやり取りのはずなのに、なんだか嫌な予感がする。
「わ、わたくしでできることでしたら……あの、わたくしなどに、できることは少ないと思いますが……はい」
遠回しに”無茶ぶりはやめて”と訴えれば、イクセルはクツクツと喉の奥で笑う。
「そう身構えないでくれ。大切な婚約者を困らせることなんかするもんか」
嘘つき。どの口が言うんだ、とフェリシアは遠い目になる。
「シアに頼みたいことは、もう少ししたらやってくる令嬢と一緒に砦の隅にある芝生で昼食を取って欲しいだけだ」
「え?そ、それだけ……ですか?」
依頼内容が簡単すぎて、フェリシアは疑いの目をついイクセルに向けてしまう。
一方、イクセルはそんなフェリシアの態度に気を悪くすることもなく、エイリットの肩を抱いた。
「そう、それだけだ。しかしエイリットにとっては、とても重要なこと。実はね……」
ここで一旦言葉を止めたイクセルは弟の肩から腕を外すと、フェリシアに距離を詰めると耳元に唇を寄せる。
「弟は、これからやって来る令嬢に片思い中なんだ。でも、弟は好きな人を前にすると口下手になってね。だから語学が堪能で容姿も所作も美しいシアがいてくれると、二人が気まずい空気にならず、距離も縮むかもと、お節介を焼きたくなったんだよ」
なるほど。彼にも人の心というものがあったのか。
それにしても、とフェリシアは思う。
イクセルとエイリットは、複雑な家庭事情で気まずい関係のはず。でもこの二人、とても仲が良さそうだ。なら二番目の公爵夫人が一人勝手に後継者争いをしているだけ、ということなのだろうか。
(その辺りのこと、訊きたら駄目だよね、きっと)
下世話な好奇心で他人のパーソナルスペースに無遠慮に足を踏み入れるのは、貴族とか令嬢とかを抜きにして、人として最低な行為である。
とはいえ、イクセルの婚約者を演じている以上、うっかり失言しないように色々と知っておきたいことはある。
などとフェリシアは一人悶々と考え込んでいたら、エイリットの片思いの令嬢──ディオーナ・ロハーツが到着した。
*
砦とは、外敵から重要な地点を守る為に築かれた構築物。そのため武骨で美しさに欠ける。
スセルの砦も例外ではなく、なんの装飾もない石造りの建物だ。しかし砦の隅には、一応、上級官職をもてなすための小さな庭園がある。
そこにピクニックシートを敷いて、フェリシアとニドラ。そしてエイリットとディオーナが仲良く昼食を囲んでいる。イクセルは部下に呼ばれて退席中だ。
「わたくしの別荘にいるシェフが作ってくださったんです。皆様のお口に合えばよろしいのですか……」
もじもじとしながらフォークを配るディオーナは、頬に浮いたそばかすがチャームポイントの可愛い女の子。
艶やかな黒髪にエイリットの瞳と同じ薄紫色のリボンを結っているから、おそらく脈アリだろう。
「とても美味しそうだわ、ディオーナ様。素晴らしいシェフをお持ちなのですね。……あら?こちらも、シェフがお作りに?」
木製の皿に並べられた料理の中で、1品だけ形が悪いキッシュがある。
「あ、こ……これは、わ、わたくしが……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたディオーナがチラリとエイリットを見る。しかしエイリットは石のように固まっている。
さっきまでの饒舌と笑顔はどこに行ったの!?と唖然とするフェリシアだが、前世で生きた29年の月日が「黙って助け舟を出してあげなよ」と背中を押す。
「そう、そうだったのね。一番心を込めて作られている感じがしたので……そういえば、エイリットさん、貴方の好きなお料理は?」
だんまり厳禁。絶対に答えなさい。と目力を込めてエイリットに尋ねると彼は蚊の鳴くような声で呟いた。
「キ、キッシュ……です」
「そう。なら一番にお食べなさい」
にっこりと微笑むと同時に、素早くキッシュを切り分け皿に乗せたニドラがエイリットにずいっと差し出す。
「は、はい。で、では……いただきます」
カタカタと震える手でフォークを握り、キッシュを一口頬張ったエイリットは今にも泣きそうな顔になる。
「美味しい……こんなに美味しいキッシュを食べたの初めて、です」
「そう。良かったわね。でも感想は作った人にお伝えしなきゃ、ね?」
そう言ってフェリシアはディオーナの肩を掴んで、強引にエイリットと向き合わせる。
「お、美味しい」
「う、うん。あのね、頑張って作ったの」
「っ……!あ、ありがとう」
モジモジ、テレテレ。エイリットとディオーナは現在、最高にリア充している。
そんな幸せそうな二人を横目にフェリシアとニドラは無言で昼食を取り始めた。若干、胸やけしながら。
コメント
1件
読了しました。今回、エイリット君のピュアな恋を陰ながら応援するフェリシアの立ち回りがほんとに絶妙で、思わず頬が緩みました。あのキッシュの一件で彼女がさりげなく取った橋渡し、そしてニドラのナイスアシスト——二人のチームワークが気持ちいい。それから「人の心があったのか」と驚くフェリシアに全力で同意したくなりました(笑)。一方でイクセルの、弟想いな一面が見えたのもグッときました。複雑な家庭事情の中でも絆が感じられる兄弟描写、とても好きです。