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二〇二八年も終幕を迎えようとしている、十二月の土曜日。
海を見下ろせる小高い丘の公園墓地に、優子は、数ヶ月間、一緒に過ごした中崎拓人が眠る墓へ、廉と一緒に来ていた。
長方形の黒い御影石のプレートは、金粉が微かに散りばめられているように見え、生前、拓人が言っていた『夜が、俺を生き返らせる』という言葉を、彼女はぼんやりと思い出す。
墓地に来るまで、男は、三年過ぎた今も、本当はどこかで生きているのではないか、と密やかに思っていた優子。
けれど、墓石に刻まれている『Takuto Nakazaki』を見た瞬間、拓人が天に召された現実を、否応なく突き付けられた。
優子が、公園墓地に寄る前に購入した白百合の花束を、しゃがみながら墓前に供え、手を合わせると、廉も彼女に倣い、腰を下ろして合掌する。
二人は数十秒間、瞳を閉じて、拓人に祈りを捧げた。
「拓人。優子は今、皮革工房の女性職人として、新たな道を歩んでいる。お前が俺に託した頼みと願いを…………俺は常に胸の中に刻み込んでいる。これからは…………拓人に遠慮せず、優子を今まで以上に愛させてもらう。お前が、あの世で『やっぱり優子に気持ちを伝えておけば良かった』と後悔しても…………もう遅いからな?」
合わせていた手を下ろすと、廉は立ち上がり、柔らかな声音で墓前に語り掛ける。
「…………アンタが最期に……最初で最後の名前呼びをしてくれた事は忘れない。アンタ…………いや、中崎拓人の事…………私は、いい意味でも、悪い意味でも……一生忘れないからねっ……!」
彼女も立ち上がると、拓人の墓に眼差しを向けた。
本当なら、感情を抑えつつ、淡々と言葉を紡いでいく方がいいのだろう。
けれど優子は、何か違うような気がした。
天国にいるだろう男には、やっぱり痴話喧嘩っぽく話し掛けるのがいい。
それが、拓人と優子らしさ、だと思えるし、二人の関係を象徴しているのだから。
「拓人。また来るからな」
廉が、拓人が目の前にいるかのように、微笑みながら低い声で呟く。
「今度は、アンタの好きなウィスキーを持参して、お墓参りに行くから。楽しみにしててよねっ」
二人が、去り際に墓標に向かうと、海からの風が包み込み、うっすらと潮の香りが鼻腔を優しく撫でていく。
それはまるで、拓人が『ハイハイ。首を長くして待ってるよ』と、気だるそうに答えているかのように。
優子と廉は、もう一度、拓人の墓を振り返って見やる。
(アンタの事は…………ホントに忘れないから……)
彼女は、心の中でポツリと零すと、廉に促されて、男が眠る墓を後にした。