俺たちは、シュワンアカデミーの正門をくぐった。
奏太が「でっっか!」と叫ぶ。その声が広い中庭に響き渡る。
確かに、デカい。建物も、人も。
でも俺は――正直どうでもよかった。
「わ、すご……」
「ちょっとあの人見て」
「え、やば、イケメン……」
気づけば、俺の周りに人が集まっていた。
女子ばかり。ざわざわと騒がしくて、視線が痛い。
「え、誰?」「新入生だよね?」「霊力、すごくない……?」
……はあ、またこれか。
俺はただ、ここに来たくなかっただけなのに。
「遥、モテ期きてるなー!!よっ大スター!」
「うるさい、奏太」
逃げるように歩き出そうとした、その時だった。
「――――」
突然、空気が変わった。
誰かの足音が、静かに近づいてくる。
俺の周囲のざわめきが、一瞬で止まった。
俺は顔を上げた。
そこにいたのは、一人の少女だった。
柔らかな金色の髪が光を反射して揺れている。
微笑むわけでもなく、怒るわけでもなく、
ただ静かに、でも確かに場を支配していた。
何より――その霊力。
まるで、風に揺れる花のような。
けれど根っこは強靭で、折れることはない。
「……誰だ、あいつは」
俺と、そいつの視線がぶつかった。
バチン、と空気が弾ける音がした気がした。
俺は知っていた。
こいつは、ただの強さじゃない。
優しさを持ったまま、強く在る人間だ。
(――初めて、見た。)
息を呑む俺の横で、奏太が元気に叫ぶ。
「うっわ!何あれ!?すっげー霊力!!誰!?有名人!?」
その声に、少女はふっと微笑むと、軽く会釈して歩き去った。
残されたのは、取り残されたみたいな俺と、いつも通りな奏太。
「なあ、今の人誰だ?」
「知らねーのかよ! あれ、赤花 梨亜っていうんだってさ! すごい人らしいぜ!」
赤花 梨亜。
初めて聞く名前。
だけど、なぜか胸の奥に引っかかって離れなかった。
広大な森――そこは、アカデミーの敷地内にありながら、
霊がわざと多く放たれた試練の場だった。
「これより、新入生のランク選別を行う」
講師が冷たく言い放つ。
「C・B・A・S――全4段階。
初めてSに届く者など、ほぼいない。だが……その可能性も見せてもらおうか」
一瞬、森の奥から霊の気配がざわっと広がる。
まるでこの試験を、霊たち自身が待ち構えているかのように。
俺は、無意識に刀の柄を握った。
体が自然と戦闘態勢に入っていく。
(やるしかない……か)
次々と名前が読み上げられ、ペアが発表されていく。
C、B、A……と順に呼ばれていき、残る人数も少なくなってきた。
「遥、赤花 梨亜――Sランク候補、チームとして挑め」
一瞬、思考が止まった。
……今、なんて?
「S……嘘、だろ……?」
自然に声が漏れた。
さすがにこれは、冷静ではいられなかった。
隣を見ると、桜色の髪がふわりと揺れる。
梨亜は静かに立っていた。
大勢の前では感情を出さない――まるで穏やかな水面みたいに、静かで落ち着いている。
だけど、目だけは優しくて、どこか芯のある光を持っていた。
――この人と、組むんだ。
頭が真っ白になる。
そんな俺の耳に、遠くからとんでもない声が飛び込んできた。
「はるかーーーーーー!!! やだよ俺ーーー!! 俺もSじゃん!!一緒がいいーーーー!!!」
……はぁ?
何やってんだあいつ。
周りの生徒がくすくす笑い出し、張り詰めていた空気が一気に緩む。
俺も、気づけば少しだけ笑っていた。
「……馬鹿だな、あいつ」
ふっと、隣で誰かが笑った。
「ふふっ……奏太くん、面白いね」
――梨亜だった。
さっきまでの無表情が、少しだけほぐれていた。
2人きり――いや、少人数なら、
この人はちゃんと笑って、話すんだな。
「よろしくね、遥くん」
静かだけど、あたたかい声だった。
俺は――少し緊張しながらも、言葉を返した。
「……ああ、よろしく」
それしか言えなかった。
だけど、心は少しだけ、軽くなっていた。