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終電が出たあとの駅は、昼間とはまったく別の顔をしている。
私がその夜降り立ったのは、終点でも乗換駅でもない、ただの地方の無人駅だった。名前も聞いたことがない。電車は一分も停まらず、私を吐き出すとすぐに闇の中へ消えていった。
ホームには、私以外だれもいない。
改札は自動改札機が二台あるだけで、駅員室の灯りは消えている。風が吹き抜けるたび、どこからともなくアナウンスのようなノイズが流れた。
「まもなく……番線に……電車が……」
かすれていて、番線も行き先も聞き取れない。
終電はもうないはずだ。私は時刻表を見た。掲示板の時刻は、どれも“23:59”で止まっている。すべての列車が、同じ時刻に到着することになっていた。
背後で、改札が鳴った。
ピッ。
振り向くと、誰もいないのに一台の改札が青く光っている。まるで、透明な誰かが通ったかのように。
私は息を呑んだ。
そのとき、電光掲示板が一瞬だけ正常に戻った。
「0:00 行先:———」
行先の文字は、黒く塗りつぶされていた。
そして次の瞬間、構内の照明がすべて落ちた。
闇。
非常灯だけが、緑色の出口マークを浮かび上がらせている。だが、その矢印はさっきまでと逆方向を指していた。
出口が、ホームの先を指している。
私は自分の足音を聞きながら、ホームの端へ歩いた。線路の向こうは森だ。出口などあるはずがない。
「まもなく、0番線に、電車が参ります」
今度ははっきり聞こえた。
0番線なんて、存在しない。
線路は二本しかない。ホームも一つだけだ。
しかし、ホームの端に立ったとき、足元のコンクリートがわずかに震えた。
遠くから、電車の走る音がする。
ガタン、ゴトン。
だが、光が見えない。
音だけが近づいてくる。闇の中を、何かが走ってくる。
私は逃げようと振り返った。
そこには、さっきまでなかったはずの階段があった。地下へ続く、暗い階段。
「0番線は、こちらです」
背後で、ささやく声。
振り向くと、いつのまにか駅員が立っていた。古びた制服に、顔のない帽子。帽子の下は、黒い空洞だった。
「お客様、お急ぎください。発車時刻です」
階段の下から、白い光がゆらゆらと揺れている。
そして、ホームに“それ”が到着した。
見えない車体が、確かに停まったのだ。風圧だけが頬を打ち、ドアの開く音がした。
プシュー。
「ご乗車、ありがとうございます」
誰もいないはずの車内から、無数の視線を感じる。
階段を下りるか、見えない電車に乗るか。
駅員の空洞が、じっと私を見下ろしている。
「終点は、戻れません」
その言葉と同時に、私のスマートフォンが震えた。
画面には、見知らぬ通知。
【到着しました】
現在地の表示は、さっきまでの駅名ではなかった。
“0番線”
そして私は、まだどちらにも足を踏み出していないことに気づいた。
それでも、背中を誰かに押された感触があった。
——次の瞬間、ホームから私の姿は消えていた。
翌朝、その駅で不審な記録が残った。
午前0時ちょうど、存在しない列車の到着を示すログ。
改札の通過履歴が一件。
利用者名は空白。
行先は——黒く塗りつぶされていた。