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鈍色の空に私まで気が滅入ってしまいそうだった。
教会の調査、そして、リースと話した次の日、何ともモヤモヤした気持ちを抱えながら私は、グランツに会いに訓練場の方まで足を進めていた。
リースは皇帝に即位するための準備もあるし、といってもそれはこの物語が一応完結という形を取ってから何だろうけど、その準備は着々と進められているわけで、他にも問題が山積みのため兎に角忙しそうと言うことだけは分かった。確かに、いやしてあげなければいけないような状態だったのは確かだ。
ブライトもあの後現場検証、もといい、再度調査に教会に足を運んだらしくて、神父の遺体やら何やらを解剖して何が原因だったのか、あの肉塊はどのように作られるのかなど、今日も研究しているらしい。此の世界の医学や医療が何処まで進んでいるか分からないため、どのようにやっているのかは分からないし、考えたくもないのだが、あの肉塊に変わる現象は、科学では証明つかないものだと思う。
魔法は便利でも、電話のようなものがないため、アルベドの方はどうだったのか、知る術はなかった。アルベドは、あの後どうしたのか、ラヴァインは見つかったかなど、彼に聞きたいことも一杯あった。多分だけど、ラヴァインは見つかっていないと思う。
(まあ、それはいいんだけど……ラヴァインがいっていたことが本当なら、ヘウンデウン教の戦力はかなりのものよね……)
ラヴァインが、ブライトの父親もそこに属していると言った。光魔法の最高魔道士が、敵側についたという事実は、かなり私達にとって痛手だ。そうとしか言いようがなかった。
どう対処すればいいのか。ブライトがその父親より強かったらいいのだが、ブライトは尊敬している、憧れていると言っているから、未だ現役だろう。じゃなきゃ、魔道騎士団の団長なんてやっていない。
それに、まあ、普通はそうなんだけど、幹部があと何人いるかも分からない。ヘウンデウン教とのぶつかり合いは、まだまだ先のことになりそうだった。敵の数が分からないのに、むやみやたらにぶつかっていくのもあれだ。
私はそんなことを考えながら、訓練場の近くを歩いた。
思えば、最近周りの態度も変わったと思う。
トワイライトが、敵側についたことで、私が本物の聖女だ、とかいいだした奴らは一人や二人じゃなかった。皆、そうやって縋ろうと、過去に私にやった事など忘れて私に救いを求めて来た。そんな人達信用出来ないし、そんな人達の言葉を受け入れられるほど私は寛大じゃなかった。
アルバに聞くところに寄ると、私の護衛をやりたいという騎士達も現われたそうだ。自分の地位向上のためか、お金のためか、名誉のためか。其れは何だか知らないけれど、私を利用して、良い気持ちになろうとしているのは確かだった。本当に救いようのない人達ばかりだと。
私はアルバに、放っておいてと伝えておいたので、その後どうなったかは、分からないが、私を見かけるたびにごまをするように挨拶してくる騎士達には腹が立って仕方がなかった。これまで、私を散々邪険に扱ってきたのに。
「……いなさそう」
訓練場には極力立ち寄りたくなかったため、遠目で見たが、亜麻色の髪の騎士は見つからず、今日は練習を休んでいるのかと思った。練習なんて休むようなタイプじゃないし、きっと違うところで練習しているのだろうと、私はさらに足を進ませる。
(でも、何で? もう、地位も何もかも汚名も返上できたんじゃないの?)
自分の実力で、元いた騎士達を黙らせられるほど、そしてプハロス団長に認めて貰えるほどの腕があった。それでも、グランツを陰湿に虐めている……とは聞かないし、前みたいに平民だからと言うのもまだなくなったと聞くが。まだ、仲間外れに訓練に励んでいるのだろうか。
(うーん、グランツの事だから、皆と練習するのが嫌……とか?)
あり得る話だった。グランツの人見知りというか、口下手は今に始まったことじゃないし、人と関わりたいって言う感じでもなかった。
となると、と私はグランツと出会った場所まで行って、茂みの方から飛んできた木剣をひらりとかわす。
「で、デジャブ」
避けるのも、大分上手くなった方だと思う。何で毎回飛んでくるかは分からないし、わざとやっているのなら、その腹を殴ってやりたいところだけれど、生憎私にそんな趣味はない。
そんなことを思っていると、草花を踏みしめてこちらに向かって歩いてくるグランツの姿が見えた。
「エトワール様、何故、ここに?」
「来ちゃダメなの……? 会いに来たっていったら、きっと調子のるだろうと思ってそう言わなかっただけ」
「会いにきてくださったのですか?」
「自分に都合のいいところだけ拾わないでよ」
「ありがとうございます」
全く会話が成り立たず、自分にとって都合のいいところだけを拾いあげ、嬉しそうに笑っているように見えたグランツを見て、私はこれ以上何も言わない方がいいとため息をついた。木に刺さった木剣を引き抜いてグランツに返す。こんなにボロボロになってしまっては、後数回ぶつかれば、使い物にならなくなるだろうと思った。一体どんな練習をしているのか。
「いつもそんな風に練習してるの?」
「はい?」
「だ、だから、前も言ったかも知れないけど、そんな風に力任せに剣を振っているのかって聞いてるのよ」
と、私が叫べば、グランツはキョトンとした顔で首を傾げた。それが可愛いと思っているのか、わざとなのかは分からないが、純粋な子供という感じの目で何も言う気がなくなってしまう。
(騙されちゃ駄目よ。可愛いかおためにするけど、怒ると怖いんだから)
グランツが切れるなんて、アルベドにたいしてなんだろうけど、それでも、独特のあの殺伐とした空気感が苦手だった。だから、もう少し、押さえて欲しいというのもある。私のいないところでなら別に出してくれてもいいんだけど。
それは、いいとしても、この間の戦闘を見ているからか、グランツの戦い方や剣の扱い方はどうなっているのかと気になってしまったのだ。こんな風に毎回木剣を飛ばしているのに、戦闘中にその手から剣が抜けることはない。というか、そうだったとしたら大問題だし、強いなんて言えないんだろうけど。
私の憶測で悪いけど、こうやって素振りをしている時は、何かに怒りをぶつけようとしているんじゃないかと思った。それが、何に対する怒りかは置いておいて。
「……そうですね、力任せに振っているときもあります」
「…………」
「力を乗せて振るのも練習の一つですし、早くて性格なのは勿論、その剣の重量を生かした戦い方というのもあります。ただ、毎回、エトワール様が来るとき、貴方様に飛ばしてしまったことは、本当に申し訳なく思っています」
そう言うと、グランツは頭を下げた。
納得はあまり出来なかったが、これ以上行っても仕方ないし、そういうことにしておこうと思った。私もそういう技能面のこと言われてもちんぷんかんぷんだし。
それに、今回ここに来たのは、それをいうためじゃない。
「それで、エトワール様は俺に何か用があって来られたんですよね」
「そうよ。この間の続き。アンタが勝手に逃げるように行っちゃったから、わざわざここに来たんじゃん」
「この間の続き……」
「すっとぼける気!? アンタが、ラジエルダ王国の第二王子だったって言う話」
私がそういえば、ようやく理解したように、「ああ」と声を出すグランツ、一体何のことだと思っていたのか、それともそうやって無知なかおをしていれば流せると思ったのか。どっちにしろ、グランツが話したくないというオーラが伝わってきて、私はこれは問い詰めなければと思った。
私が一歩近付けば、珍しくグランツが一歩下がった。
「何で逃げるの?」
「主人と近いのはいけないと思いまして」
「逃げた言って言うの、顔に書いてある」
「そんなわけないです」
「じゃあ、何で近付いたら逃げていくのよ」
そう私が尋ねてもグランツは何も言わなかった。このまま黙っていれば逃げ切れると思っているのだろうか。そう思っていると腹が立ってきた。
しかし、それとは別に、グランツの顔が赤くなってしまっているのを見つけて、これは、年下の男の子に性急に迫る女なのではないかと思ってしまった。
「あ、えっと、そういう意味じゃなくて、ごめん。グランツ……嫌だった……?」
「いえ、そんなことはないです。しかし、いつもよりエトワール様が積極的で」
「せ、せっきょくて……そんなつもりないって! うわっ!」
違うと、誤解を解こうと一歩前に出ると、そこに出っ張っていた石に躓き前に倒れてしまう。それを、グランツが優しく受け止めてくれ、私はたくましい彼の胸に飛び込む形になってしまった。
「うわああああ!」
「あ、あの、そんなに大きな声出されると……俺が悪いみたいになって……困ります」
と、グランツは恥ずかしそうに、でも困ったように言う。
(年下の子を困らせてどうする、私!?)
取り敢えず、離れようと、離してもらおうと顔を上げようとするがグランツに頭を優しくだが押さえられて、顔を上げることも動くことも出来なかった。抱きしめられている形になっている。
(んんんんんん!?)
心の中で、声にならない悲鳴を上げて、私はその場でかろうじて動いた手をばたつかせた。
「ぐ、ぐら……グランツ」
「ずっとこうしていたいです。俺は、貴方を……」
「ちょちょちょ、お願いだから待ってね。私、そう言うのえーっと、心臓に弱いし」
そういえば、グランツは少し黙った後、彼の周りの空気が一気に冷え切った。
「……エトワール様は、助けを求めている人をためらいなく殺す男のことをどう思いますか?」
「え?」
そういったグランツは先ほどの、純粋で甘い雰囲気ではなく、あの殺伐とした、復讐に燃えたような黒い感情を孕んだ声色でそういった。