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さて、グランツをどうするべきか。
「グランツ……えっと、それは誰のことをいっているの?」
当たり障りもなく言う。何か変なことを言えば、私の命はないんじゃないかってくらい声が穏やかじゃなかったから。
グランツの言いたい人、言いたいことは大体察しがついている。でも、何となくその名前を口にしたくなかった。彼を庇うわけじゃないけれど、それでも、いくらか、彼もにじょうがあった。
(抱きしめているのって、顔見られたくないからとかなのかな……)
抱きしめられたまま顔を上げられない。完全束縛という風にも見えるけど、何となく、今顔を見られたくないみたいな雰囲気も伝わってくる。きっと人殺しそうなぐらい怖い顔しているんだろうなって言うのは、だいだい分かったけれど、そこまでする必要があるのかとも思ってしまう。
感情の起伏が少ないグランツだからこそ、こういう怒りを露わにすると怖いというのもある。
「本当に分からないんですか?」
「……何となく、だけど。分かるけど」
「……」
私がそう返せば、グランツは黙ってしまった。アルベドの肩を持った、見たいに思ったんだろう。ギュッと私を抱きしめる腕の力が強くなった。あんなに、木剣を遠くに飛ばせるぐらい力入れてと言うか、剣を毎日振っているような男だから、そんな人に抱きしめられたら、潰されるんじゃないかっても思ってる。どうでもいいけれど。殺されなければ。
「グランツ、別に私は彼の肩を持とうとか思ってないから。平等だと思っているし、私を味方につけたいんだろうけど、私は話を聞かなきゃどっちが悪いか分からないの」
「あっちが悪いに決まってます」
「そんな、子供みたいな」
こういう所は、面倒くさかったなあと思った。グランツの頑固なところとか、一度そうだって決めつけたら意見を曲げないところとか。そういう所は子供っぽいと思ってしまうのだ。
「それで、話してくれないの?」
「…………分かりました。話します。エトワール様の想像通りです。アルベド・レイのことを言っています」
と、グランツはあっさり認めてそういった。ふつふつと煮えかえるような怒りが彼の内側から漏れ出ている気がして怖かった。一体、アルベドが何をしたというのだ。
そもそも、アルベドは暗殺者で無情に人を殺せるような奴かも知れない。でも、アルベド自身、自分は悪い奴らしか殺さないと言った。だから、私はそれを信じている。人を殺せるような人を信じるって可笑しい話かも知れないけれど、それでも、信じてしまえるのは、彼の人柄のせいだろうか。
(てか、ぜんっぜん善人って感じはしないけれどね!)
それは置いておいて、助けを求めている人を殺せるとは一体どういうことだろうとグランツの返答を待った。だけど、幾ら立っても言わないので、私は腹が立っていってしまった。
「アルベドは、悪人しか殺さないって言ったのよ。私が、聖女としてここに召喚されたとき、パーティーがあったんだけどね。その時も男爵を殺していたんだけど、男爵って悪い人だったみたいで……善人は殺さないと思うけど」
「エトワール様は騙されているんです。彼奴は、平気で嘘をつく」
「アルベドは……そんなんじゃ、ないと、思う」
「どうしてそう思うんですか?何で彼奴の肩を持つんですか・」
と、グランツの声が響いた。
何故? 何故? 何故? そうグランツは、私がアルベドの味方をしたことが許せないようだった。否定したいとでも言うように私に問い詰めてきたあ。私は怖くなって彼の腕の中から抜け出した。
私が抜け出すと、ようやくグランツの顔が見えるようになったのだが、その顔は絶望というしか云いようのない顔をしていた。
「ぐら……」
「エトワール様は、俺よりもあんな奴を信じるんですか」
「だから違うって、話を聞いて。アルベドの肩を持っているわけでも、アルベドの何かを知っているわけじゃない。でも、私の知っているアルベドはそういう人じゃないの」
「じゃあ、俺の知っているアルベド・レイはただの人殺しだ!」
グランツはそう叫んだ。
はあ、はあ……と息を切らし、その手で顔を一掃すると、血走った目で私を見てきた。恐ろしく、殺意に染まった目。逃げ出したかった、怖かった。でも、ここで逃げ出したら、グランツにどう思われるか分からない。グランツの機嫌を損ねたら、もしかしたら今の状態だと殺されるかも知れないと思ったからだ。
そんなことあり得ないと言い切れないのが、本当に怖い。
「ご、ごめん……そんなつもりじゃ」
「エトワール様は、優しいから騙されるんですよ。アルベド・レイはそんな男じゃない。俺の母親を殺したのは彼奴だ」
「で、でも、グランツのお母さんって……」
裏切って、ラジエルダ王国が滅ぶ原因を作った人じゃないの? とは、さすがに言えなかった。それでも、グランツにとってはいい母親だったのかも知れないと。私の両親とは違うんじゃないかと思ってしまった。
「そうです。俺の母親は裏切り者でした。しかし、俺と兄を逃がしてくれようとした。自分の罪の深さに気づいて俺達だけでも。それなのに、あの男は、俺の目の前で兄を。命乞いする母親を殺した」
グランツはそう言って、その怒りに染まった翡翠の瞳を向けた。きっと、私が今何を話しても聞えないんだろうなって、諦めがついた。
確かに、その話を聞けば、アルベドが悪かったと言えるかも知れない。どういう理由で、あの場にアルベドがいたかも分からないけれど、グランツの話を聞けば、アルベドが悪いんじゃないかって言う風に聞えて染み合うのだ。実際の所、どうなのかは分からないけれど。
(グランツが怒るのも、それをずっと引きずるのも、アルベドを恨んでいる理由もこれではっきりした)
闇魔法の者を嫌っているのは、自分の国を滅ぼした者達だから。アルベドを恨んでいるのは、母親を殺されたから。貴族を嫌っているのは、平民に拾われ育てられ、平民を馬鹿にする貴族が許せないから。
グランツはこれまで沢山の怒りを抱えてきて、それが爆発したんだと思う。いつも、その澄ました顔で、何も思っていないような無表情なのに、その裏には復讐心が燃えていたとは、きっと誰も思わないだろう。
「エトワール様は、それでも彼奴の味方をするんですか?」
「味方……とか、そう言うんじゃないけど、私はその場にいなかったから何も言えない。今の話を聞いたら、アルベドが悪い気がするけど、何かあったんじゃないかなって……裏が会ったんじゃないかって考えちゃう。でも、グランツの痛みは十分に分かった」
「…………」
「でも、ヘウンデウン教を、混沌を倒すまでは、アルベドと一次休戦……怒りを暴力で訴えないで欲しい。一応、殿下と、帝国と協力関係にあるの。それが崩れたらどうなるか……グランツも分かるでしょ?」
「俺は、あんな奴の力を借りなくても、勝てると思います」
と、グランツは絞り出すように言った。本気で思っているのか、ただ本当にアルベドの力を借りるのが嫌なのかは分からなかったが、矢っ張り話を聞いてくれなかった。
「自分は今、騎士という身分であることは分かっています。平民上がりの……爵位も皇位もない騎士。だから、意見できないことぐらい分かっています」
「……第二王子だって言うことは、殿下には言わないの?」
「はい……元々、ユニーク魔法が使えると目をつけられていましたが、厄介事になるのは避けたい……それよりも、エトワール様の側にいられなくなるかも知れませんし」
グランツはそう言って、ふうと息を吐いた。自分を落ち着かせようと必死なんだろう。
私はそんなグランツを見ながら、彼の言葉に納得できずにいた。
(第二王子ってバラすことがデメリットになるとでも言うの?確かに、メリットがあるかどうかも分からないし、国が戻ってくるわけでもないだろうし)
そんな疑問に答えるべく、グランツは口を開く。
「ラジエルダ王国は、今やヘウンデウン教の支配下に置かれ、国そのものを乗っ取られています。もしも、俺が、そこのスパイだったとしたら……そう、疑われる可能性もあるわけです」
(スパイ? 何で?)
生き残りだとか、そういう理由で? それとも、支配下に置かれている国のものはそうやって疑われる? 私にはわかり得ない世界だった。
それでも、グランツは違うって言って欲しかったから、私は、否定して欲しいと叫んだ。
「そ、そんなことないよね」
「……どうでしょうか」
と、グランツは意味深に言って、その翡翠の瞳を揺らした。