「あ!そういえば言うの忘れてた!!」
「何?」
急に声を上げ、びっくりする。
ほんと心臓に悪い…
「私、古佐くんの家に向かう時にね、いつもと違う道通ってみたんだけど…」
「すごいのがあったんだよ!!」
「すごいのって?」
「それは内緒〜!」
気になる…
「それよりさ、見て!!桜の木!」
先程の『気になる話』を置き去って桜の木を指差す畑葉さん。
だが “ それ ” を見たことによって僕の中からも『気になる話』は消えてしまう。
そう。
桜の木は寒さで凍りついていたのだ。
樹氷。
気温が低く、寒くなるほど木の枝に氷が着く現象。
しかもそれは不思議なことに遠くから見れば『桜』のようにも見えて。
「これ…樹氷だよね?」
「うん、綺麗だよね〜!」
そう言いながら畑葉さんは樹氷の桜の木を写真撮る。
しかしそれはカメラではなくスマホで。
「カメラ使わないの?持ってるの意味無くない?」
そう。
畑葉さんはいつ何時でもカメラを持っていた。
首からぶら下げて。
だが、撮っているのは見たことない。
あのマジックアワーの日以来。
「うん、使わない!」
「じゃあなんで持ってきてるの?」
「うーん…大事なとき用?」
畑葉さんは唸り声を上げた後、
僕の問いかけを疑問風に返してくる。
じゃああのマジックアワーを見た時は大事な時だったってこと?
あまり意味が分からない。
「樹氷ってさ〜、木に氷が生ってるみたいだよね!」
「氷の果実みたいな!!」
もしかしてあれも食べたいということなのだろうか。
何でもかんでも食べるなんて好奇心旺盛の犬のようだ。
でも、なんとなく畑葉さんには犬も猫も似合わない気がした。
どちらかというと狐のような感じがして…
でも桜の匂いでそんなのは打ち消される。
「氷みたいな飴があったら食べてみたいな〜…」
まだ言ってる…
「さっき、私が言ったところ行こっか!!」
そう言われ、『何のこと?』と聞き返しそうになる。
すっかり忘れてた。
先程の気になる発言のことを。
「行こ!!」
そう言って畑葉さんは1人で走り出す。
いつもは僕の腕を引いていくのに。
なんだか寂しいと思ってしまう。
何故だろうか。
いや、分かってるのに疑問を抱くのはいい加減辞めた方がいいのだろうか。
「畑葉さん!道凍ってるから走ったら危な───」
僕が言い終える前に畑葉さんは僕が予想した通りになる。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄ると畑葉さんは少し涙目だった。
どこから怪我してないといいけど。
「立てる?」
そう僕が言っても返事は無し。
「畑葉さん?聞いてる?」
そう言いながら畑葉さんの顔を覗き込む。
と、
「おんぶ」
と目の前で言われる。
「え?」
「膝痛いからおんぶして」
まるで子供のようで。
「…いいけど」
『嫌だ』そう言いたいのが3割。
だけども何故か僕は畑葉さんの距離と僕の距離が近くなるのを欲していて、
そんなことを言ってしまう。
畑葉さんに背を向けると、
勢いよく僕の背中に飛び乗ってきた。
「古佐号レッツゴー!!」
先を指差しながら僕の背中でそんなことを叫ぶ。
さっきまでの悲しみはどこへ行ったのだろうか。
いや、涙が吹っ飛ぶくらいならなんでもいいか。
「てか僕、道分かんないんだけど」
「私が指示するからそっちに進んで!!」
昔、近所で遊んだ子供たちに似ている。
僕が四つん這いになって、
子供たちは僕の背に乗って。
それで『あっち行け』だとか『もっと早く走れ』だとか言う。
人使いが荒すぎる子供だった。
「それじゃあ、古佐号!!真っ直ぐ!!」
その呼び方やめて欲しいんだけど…
それより畑葉さん僕に気を使ってるのだろうか。
おんぶして欲しいと言った割に、
全体重を乗せてない気がする。
だって僕の肩に重みがかかってるのだから。
普通は支えている手にかかるはずなのに。
「畑葉さん」
「ん〜?」
「体重かけていいよ」
「そうじゃないとバランス崩して落としちゃうかもしれないし」
そう僕が言うと『分かった』と耳元で小さな声が聞こえてくる。
好きな人が自分の耳元で喋るというのはかなり攻撃力が高いらしい。
気をつけないと。
さっきまで『左』だとか『戻って右!!』だとか指示していた畑葉さんが急に静かになる。
そう思っていると微かに寝息が聞こえたような気がした。
「畑葉さん?」
小声で呼びかけるも返事は無し。
多分、寝てしまったのだろう。
こうやってすると妹が出来たみたいでなんだか居心地がいい。
「あ、」
大きい声を出してしまい慌てて口を塞ぐ。
起きていないだろうか?
そう不安を抱えていたが、
畑葉さんは寝息を漏らすだけだった。
それよりも見つけた。
畑葉さんが僕に見せたかったのはきっとこれだろう。
そう思いながら足元にある凍った水溜まりを見つめる。
水溜まりに紅葉が浮いていて、
多分そのまま凍ってしまったのだろう。
ここら辺は紅葉が多いから風で飛んで来たのだろう。
だって周りには雪の上なのにも関わらず、
紅葉の絨毯が敷いてあったのだから。
そんな時
「んぅ…あぇ、?私寝てた…?」
と僕の背から声が聞こえた。
寝起き過ぎて口が回っていない。
「おはよ畑葉さん」
そう言うと
「…ごめん!!重かったよね!!」
と言いながら強引に僕の背から降りる。
「いや重くなかったけど…」
そう僕が言うと畑葉さんは少し嬉しげな顔をした。
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読みやす!!