ふと瞼を開ければ、妙な静けさが俺を襲っていた。
時刻はすでに真夜中で、まんまるなお月様が顔を出していた。
「そっか、俺、意識無くなっちゃって…」
ハッとして頭に手を当てるが痛みは走ってこない。安堵したと同時に、あの時のことを思い出そうとする。
すれば、するすると出てくるじゃないか。
しにがみくんのことが、スラスラと出てくる。
名前はしにがみ。
俺の一個下の後輩であり、下ネタ、うるさい叫び声、あたおか、チビ………そんな個性が集まっている彼こそがしにがみくんだと、頭の中でスラスラ出てくる。
そうして俺の目からは涙が出てきた。
嬉しいとか、安堵とか、そういう気持ちから涙が止まらなかった。
一歩前進したのだと思えば、少し心が軽くなった気がした。
あとはクロノアさんという人を思い出せれば_________
『僕のせいで…トラゾーさん、クロノアさん…』
ふと、あのしにがみの言葉を思い出してしまう。クロノアさんは実際に見たことあるが、トラゾー………さんという人は名前をその時に聞いただけで容姿なんてものも、性格さえも1ミリも覚えていない。
思い出そうとしても、彼の情報は名前だけなのだ。思い出せないのも無理はない。
「…………まずは、クロノアさんからだよね。」
喧嘩をしたというクロノアさんの方がまだ情報はたくさんある。先にそちらを思い出さなければ。
だが、会うにしたってしにがみくんとクロノアさんは今は正直気まずい状況なのはわかっている。
「…人間って、むずかし。」
ふと出たその言葉に、相槌を打つものは誰もいなかった。
考えるはずだった頭は眠気に勝てず、そのまま俺の視界はブラックアウトしていった。
…………………………
「ぺいんとさーん。朝ですよ〜。」
「んぁ?」
寝ぼけていて今の状況を掴めない。しばらくぼーっとしていると、目の前の視界が段々と良好になっていくと同時に、昨日は寝落ちしたのだと思い出す。
「なんだ、しにがみかよ。」
「なんですか!失礼ですね!…って、え?」
「ん?」
しにがみは突っ込んだ割には急ブレーキをして困惑の表情を見せた。それに疑問を抱く。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか、そんなことを。だが、その予想は全くのハズレだ。
しにがみの顔が段々と穏やかになり、最後には満面の笑みで俺に質問を浴びせた。
「もしかして記憶戻ったんですか?!僕のこと覚えてます?!」
楽しげに話すことはいいことだが、少々うるさい。いや、でも________
「お前って、そういうやつだよなぁ。」
そう煽りを含めた笑顔で言うと、相手は笑いながらも「ちゃんと僕の質問に答えてくださいよー!」と困ったように言っていた。やっぱ、こいつってこういうやつだ。
……………
「お前のことは思い出せたけど、他がなぁ…。」
そう悩ましげに答えるも、しにがみくんは笑顔で「でもこれで一歩前進ですね!」と言っていた。いつまで経ってもポジティブで、変なところがネガティブなこいつとしては、想像していたまんまの回答であった。
そんな回答をした彼に俺も笑顔で「だな」と答えた。
「あっ、そうだそうだ!交換日記持ってきたんですよ!」
ふと、しにがみは彼自身の鞄を探って、その中から手帳ほどの大きさをしたノートが出てくる。
「交換日記してたの?」
「そうです!」
俺の問いに元気よく答え、俺の目の前にある机に置く。しにがみは一緒に見ましょうとでもいうような顔をしていたため、体を起き上がらせて机に体を近づける。
俺としにがみの分は飛ばし、クロノアさんとトラゾーさんの部分だけを見ていく。
内容はこうだ。
“?月?日 晴れ 著者:トラゾー
午後は灼熱だったなぁ。でも冬の時期にはぴったりの綺麗で暖かい太陽だった!
そういえば今日は迷子の子供を助けた。なんかその子供ぺいんとの顔に似てたんだよね。ぺいんと、お前隠し子いるなんて聞いてねえって…。
?月?日 雨 著者:クロノア
今日は昨日と打って変わっての天気だよ〜!悲しい。ノアはいつも通りゆったりしてるけど。
迷子の子供、ぺいんとにそっくりなの?やっぱ隠し子の噂は本当だったんだ……。ぺいんと、気をつけてね。
?月??日 大雨 著者:トラゾー
台風来ちゃったね〜。おかげでびしょびしょよ!(笑)”
「…え、これだけ?」
俺としにがみの分をとったとしても交換日記はトラゾーさんが最後で終わっている。それにしても、最後のトラゾーさんの部分があまりにも短い。
「……思い出せませんか?」
そう問いかけるしにがみの顔は笑顔なんかなかった。苦しいような、哀しいような顔をして冷や汗をかいていた。
けれど、思い出すことはできない。
ただ、なぜかひっかかるところがあるとするならば最後の日記であるトラゾーさんのものだ。
何か、何かを忘れている気がする。
とっても大切なもの。
でも、思い出せない。
なんで?なんで思い出せないんだ!なんでだよ!!
「っうう…!」
「!ぺいんとさん?!」
頭がキーンと痛くなる。
ふと、パシャパシャと水の跳ねる音が頭の中で響く。
……………
『はぁっ、はぁっ!生きてるか?!おい!ぺいんと!』
俺の名前を呼ぶ人は、誰だ?
姿が見えるのに、ぐしゃぐしゃっと落書きされたようなものを頭が彼の顔を隠す。
頭、脳。お願いだからそのぐしゃぐしゃを取り除いてくれよ。とっても、とっても大切な記憶なはずなんだ!
何も思い出さずに終わるなんてしたくないんだよ!!
『大丈夫だよ、ぺいんとなら。』
ふと、先ほどとは打って変わって雰囲気が変わり、目の前にいる人も先ほどとは違う。
………クロノアさんだ。
玄関で会った、あの人だ。でも何故か俺は泣いていて、クロノアさんはそれを慰めている。
『も〜、何泣いてんの!目の前にいるのは誰かわかんない?』
「__________あ。」
そう問いかけられた瞬間と同時に、頭がスッキリするような感覚に陥れられる。
そして、意識がハッとすれば目の前には心配しているしにがみの顔があった。
だから、安心させる一言をその場に吐いてやった。
「思い出した……クロノアさんのこと。」
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