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「……やったな、アオイ」
『――そうね。本当に、“やっと”よ♪』
「……!?」
その瞬間、空気が変わった。
エスはすぐにそれを察知する。
「……女神か」
『あらっ、わかるようになったのね? えらいえらい♪』
声の主――“アオイの声”のままに、女神は微笑んだ。
そして、ふわりとエスの頭に手を伸ばし――
優しく、子どもを撫でるように、その頭の装備をなでる。
……深くて、慈しみに満ちた動き。
それは、まさしく“愛”そのもののような、偽りの優しさ。
「っ……!」
エスはその手を、思い切り振り払った。
「黙れ……! その顔で、声で……俺を惑わすな!」
女神はくすっと笑う。
『あらら、ざんねーん? 今のは“アオイちゃん”からの愛情だったのよ?』
「……っ!」
「なぜ……出てきた」
『それはもちろん――』
女神は、ぬるりと笑うと。
手のひらに、先ほどアオイが使った“光る糸”を現した。
『この力……“神の目”と“縛り”の魔法よ』
『見た瞬間、すべてを絡めとる――とても素敵で、狂ってて、最高な力じゃない?』
『これだけは――“神の力”だから、私は出せないの』
女神は、嬉しそうに瞳を細めた。
『でも……フフッ……キャハハハハハハハ!!』
笑う。
笑う。笑う、笑う、笑う、笑う、笑う。
頬が裂けるほどの笑顔。
目が潤むほどの歓喜。
全身で、世界を壊すように――彼女は、笑った。
『ついに! ついに手に入れたのよ! この“力”を!!』
その時――
空気に、微かに震える“声”が混じった。
「た……すけ……て」
『ん?』
女神は笑いを止め、ピタリと動きを止めた。
「……て……」
聞こえる――小さな、小さな声。
音の主に視線を向ける。
そこは、かつて“山亀”が倒れていた場所。
臓器や破裂した甲羅の破片が、地面一帯に散らばっている。
そして――
その中にある、ひときわ大きな“腹甲の塊”。
その下から、微かに声が漏れていた。
少女の声だった。
『――エス』
呼びかける女神の声に、エスは無言のまま歩み寄る。
そして、腹甲の大きな破片を――
静かに、だが確実に――両断した。
ズバァンッ――!
泥と臓器の塊が割れて、崩れ落ちる。
その下にあったのは――
白い髪を泥で汚し、全身を押し潰された“少女”。
骨という骨が折れ、あちこちから血が噴き出し――まるで、血の花の中に埋まっているかのようだった。
『あら……あなたは――』
みや、だった。
『キャハッ! 見て見てエスっ! ぺっちゃんこよ!』
女神は、飛び跳ねるように笑う。
『運良く泥の中に沈んでたから、死んでないんだけどねぇ? でもほとんど潰れちゃってる!』
パチン、と指を鳴らして“観察タイム”を始めるように覗き込む。
『女の子よねぇ? 顔だけは潰れてないって……どうやったのかな? 魔法? 運? ねぇ、どっちだと思う?』
「…………」
エスは何も答えなかった。
『あっ、もしかしてぇ~?』
女神はアオイの声で、悪魔のように笑う。
『“愛しのリュウト様”が来てくれるって信じてたのかな~? 助けてくれるって? ざ~んねんでしたあっ!』
笑い声は響き、雨の中にすら馴染まない異質な音となって空に弾けた。
『ほらほら、苦しそうだよ? ねぇエス?』
女神はスマホの形を模した魔法の光を空中に浮かべる。
『元の世界じゃ“スマホ”っていうんでしょ? “Twitter”に配信してみたーい!』
『『異世界ペちゃんこ少女!顔だけ無事です』ってタイトルにしよっか? 伸びるかな?』
地獄だった。
この女神の“可愛い声”で吐かれる言葉は、どれも地獄そのものだった。
「…………」
エスは死んでいく者に興味がないのか、何も言わない。
『でも私は――やっさし~いからぁ?』
女神は腰をかしげながら、首を揺らす。
『もう一回、聞いて“あげる”のよ~? 何して欲しいか……言ってみて?』
まるで赤ちゃんに言葉を促すような甘い声。
『あなたの“願い”はなんですか~? キャハハッ♪』
みやの息は、もうほとんど尽きかけていた。
潰れた身体は、ほんの僅かに痙攣しているだけ。
喉は詰まり、声は枯れて――それでも、目を、開けた。
「たす……け……て」
命を燃やすようなその言葉。
すがるような眼差しは、手を合わせられない代わりのまるで最後の祈り。
『うんうん♪』
女神は――満面の笑みで頷いた。
その瞳は慈愛に満ち、まるで天使のようだった。
そして――
優しく、手を伸ばして――
その目に――指を、突っ込んだ。
「が……ぁ……ぁ……?」
みやの声が、かすかに漏れる。
それでも、まだ、生きていた。
まだ、意識が――あった。
『キャハハハハッ♪』
女神は、底抜けに楽しそうに笑う。
『“助ける”けど、“いじめない”なんて言ってないもーん?』
『助けてもらうんなら、私も楽しまなきゃ損でしょ~?』
『あっ! じゃあさっ――これで“死ななかったら”本当に助けてあげる!どう?フェアでしょ♪』
そう言って――
女神は、みやの目に指を――深く、ねっとりと押し込んだ。
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ――
綺麗な指が、白目と黒目の奥をかき回すように“遊ぶ”。
眼球を押しつぶし、掴み、捻り――
それは、まるで“ビー玉”で戯れている少女のようだった。
『ほらほらぁ♪ 動いてるうちが華だよ~? あ、あはっ!まだ反応ある!まだ生きてるぅ~!』
――そして、最後に。
ぶちっ
音を立てて。
彼女は、眼球を――引きちぎった。
「________!!!!!!」
声にならない叫び。
喉が千切れそうなほどの絶叫が、腹の奥からあふれた。
みやの身体が、大きく――ひときわ大きく痙攣し。
それきり――
動かなくなった。
__だが。
『すごいすごいっ♪ まだ生きてるぅ! すっごーい! もうすぐ死ぬと思うけど――あなたの勝ち、よ♪』
女神は、ぐちゃぐちゃになった“眼球”をつまみ上げる。
まるで、ワインのおつまみを口にするかのように、
優雅な手つきで――それを口に運び。
くちゅっ……ぐちゅ……くち……
ゆっくりと、咀嚼し――飲み込んだ。
そして、女神は空を仰ぎ、楽しげに詠唱する。
『女神を楽しませた、魔王――“みや”の身体は全て元通りになり』
『その身体に残っていた封印も、呪いもぜ~んぶ』
『超絶キュートで世界一可愛い、ア・オ・イ・ちゃ~んに解かれ!』
『――復活するのであった♪』
「…………」
みやの身体が、静かに……修復されていく。
折れた骨が音を立てて繋がり、潰れた内臓が戻り、引きちぎられた目が――
完璧なまでに、美しく、元通りになった。
そして――
ゆっくりと、みやは身体を起こし。
「ありがとうございますっ……女神様っ……!」
その場で――ひざまずいた。
まるで忠誠を誓う騎士のように。
自分の純白の髪を泥につけながら。
心からの感謝と、敬意を込めて。
その表情には――屈辱も、疑念も、なかった。
『どういたしましてぇ♪』
女神は、にこりと天使のように笑う。
『ねぇあなた、私のこと――ずっと探してたんでしょ?』
『なんで? ねぇ、ストーカー? 気持ち悪ぅ~い♪』
その言葉に、みやは顔を上げなかった。
泥についた髪を揺らしながら、ただただ震える。
――恐怖だった。
下手に何か言えば、また目を潰される。
それ以上の“何か”をされる。
「は……いっ」
みやは震える声で答える。
「私は、昔……人間たちに裏切られて……クバル村の、教会の地下に……封印されていました……っ」
『うんうん♪』
「し、しかし……ゆ、勇者リュウトに……封印を解かれて……私は共に冒険を――」
『ん~~~~~?』
女神が小首をかしげる。
その目が、笑っているのに――何も笑っていなかった。
『話が長いなぁ~? 短くなる~?』
ぞくっ――
みやの背中に、冷たい悪寒が走る。
即座に、脂汗が頬を伝う。
「すっ、すいません! すいませんっ……!」
『謝るのはいいけど~?』
女神は、しゃがんで目の前に顔を近づけた。
『“誰に”謝ってるか、ちゃんとわかってるよね?』
『お姉さん、優しいからさぁ?』
「私を出し抜いた……今のグリードを納めている“魔王”の居場所を……お聞きしたいのですっ!」
みやは必死に訴えるように問いかける。
『ふーん、なるほどぉ?』
女神は小さく頷いたあと、口元に指を当てて――にっこり。
『――わかんない♪』
「えっ……?」
突然の返答に、みやは一瞬言葉を失った。
『それを知ってるのはね……そうだなぁ~……“私のお母さん”とでも、言うべき存在かな?』
「っ!?」
「お母……さん……?」
『そう、この世界に“元から”存在していた“女神”よ』
「女神様が……二人、いる……?」
『そ』
女神は軽く片手を上げて、無邪気に言う。
『四聖獣も。あなたたち魔王も。ぜ~んぶ作ったのは、その“本物の女神”』
「な、なら……あなたは……っ!」
『――それは、ひ・み・つ♪』
唐突に、声のトーンが切り替わる。
女神の視線が、まっすぐみやに刺さる。
『――さぁ、1つ選びなさい』
「えっ……な、何を……?」
『――あなたを復活させるとき、ね?』
女神は無邪気に笑いながら、軽く指を振る。
『私は、あなたに“ある仕掛け”を施したの』
その声は、まるで内緒話をするように甘かった。
『それが発動したら……もう、惨くて、残忍で……ふふっ、見てる方もね?』
『気持ち悪くなっちゃうくらい“ヒドいこと”されて――そのまま、死んじゃう♪』
みやの顔が、みるみる青ざめる。
脳裏に焼き付いた“目を潰された瞬間”がフラッシュバックし、喉の奥から込み上げる吐き気を必死で抑える。
でも、女神はおかまいなし。
『――ねー? 私も、そんなことしたくないの』
にこっ、と優しく微笑む。
『だから……これから“私の力”になってくれない? お願いっ♪』
その瞳は可愛らしくウィンクしていたけれど――
みやには、それが“地獄の契約”にしか見えなかった。
断れるはずがない。
断れば――また“あれ以上”の何かが起こる。
「は……いっ……」
声は、かすれていた。
『やった~っ♪』
ぱちぱちと手を叩いて喜ぶ女神。
『じゃあまずは……その手の中に握ってたモノ、見せてくれる?』
「っ……!?」
みやは、反射的に手を閉じようとした。
だが……無理だった。
女神の視線は、それを許さなかった。
震える手を、ゆっくり開く――
そこには、一つの指輪が乗っていた。
『わぁ~……キレイっ!』
女神は、それを嬉しそうに手に取る。
「そ、それは……リュウトから……!」
『――黙ってて?』
「……は、い……」
女神は、にこりと微笑んだまま、その指輪を指の先でくるくると回す。
『クリスタルドラゴンの鱗を加工して作った指輪かなぁ?』
片目を細め、舌を少しだけ出して小さく笑う。
『リュウトくんも、おしゃれなことするなぁ♪ 流石“勇者”。……あーあ、でも私のことを好きなくせに、他の女の子にこんなことするなんて……』
『ハーレム体質ってやつ? 勇者の宿命? やだなぁ~女の子って、誰かの“一番”になりたくなっちゃうものなのに、ねぇ?』
みやは……何も言えなかった。
『ま、いいや。――これ、貰っていくね♪』
指輪を懐にしまいながら、にっこり。
もう用済みとばかりに、女神はその場でくるりと踵を返した。
その後ろに、無言のままエスも続いていく。
『さて――まずは、“今起こったこと”、全部隠さなきゃ』
歩きながら、女神は小声でエスに語る。
『みんなが戻ってきたら、ちゃちゃっと記憶をいじって、神様も、お母様もごまかすの』
『あなたも、いつも通り話を合わせて。必要なときにはまた此方に来なさい?』
「……了解」
女神は満足げに頷きながら、歩みを止めた。
そして――
『さてと……』
空を見上げ、両手を広げる。
『――みんな~♪ ちょっとだけお別れだけど、またすぐ会えるよぉ♪』
その瞬間。
世界が――光で、塗りつぶされた。
空に広がるのは、大陸一つを飲み込むほどの巨大な“魔法陣”。
空間は軋み、光と魔力が奔流となって渦を巻く。
この一瞬で、“神の改ざん”が始まる。
この世の理が、塗り変わる――