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第二十四章 いつもの朝
翌朝、最初に意識に入ってきたのは、音だった。
小さく鳴る鍋の音と、湯気の立つ気配。
生きている朝の匂い。そして――
「朝トントン」
血相描いて、寝室の扉を勢いよく開けた、あの日の朝を思い出していた。俺を喜ばせようと、慣れない料理を一生懸命に作っていた翔太は、無理やり起こした俺を、火事寸前のリビングに引っ張って行った。
「蓮大変!助けて」
丸焦げになったアジの干物が可哀想だった。
キスを落とした翔太くんの頭が煙臭くって〝燻製翔太〟だと笑った俺に頰を膨らませて怒った翔太くんは可愛かった。
焦げた匂いまで思い出したところで、現実の朝の匂いが重なった。
目を開けると、天井があって、カーテンの隙間から淡い光が差し込んでいる。
夢の続きみたいで、少し怖くて、瞬きが遅れた。
ベッドの片側が沈む感覚があって隣を見る。
……いる。
目を閉じたら消えるかもしれない、そんな馬鹿な考えが過った。
俺の黒いエプロンを付けた翔太くんが、隙間を埋めるように近付いてきて、背中にピッタリくっ付いた。
「おはっ……ンンンンッ」
振り向きざまに唇を奪うと、少ししょっぱかった。
「つまみ食いしたな?」
「お前もな」
食べれないだの
溶けないだの
――消えないだの
言ったのは翔太くんだろ?
「ちゃんと食べられてる自覚あるじゃん?」
頰を赤らめ「違うわ」と言った。どこまでも可愛い。
少し寝癖の残った髪を撫でて〝おはよう〟を言った朝。
いつもの朝が、なんだか今日は特別な感じがした。
――と思ったのに。
「ンンンンッ!あっこらっショウタやめなさい」
〝リベンジ♪リベンジ♪〟
だなんて楽しそうに笑いながら熱茎を咥えた、俺の愛しい人。
まただよ――
「イく時はちゃんと言ってくださいねぇ〜」
ゲホゲホッとむせ返る、愛しい人。
宣言無しに白濁を放った俺に、顔を真っ赤に染めて〝お前いい加減にしろよ〟と言った翔太は怒ってると言うよりは嬉しそうだし、幸せそうだった。
「ほんと……あなたこそいい加減にしなさい」
「ふふっ///」
「可愛いのやめなさい」
俺達にとっては、なんてことない朝だった。
ただ、カーテンの隙間から覗いた青い空が少し遠くに見えた。
翔太 side
「上手にイケたな!えらいぞ蓮」
いつもの朝。いつものスキンシップ。
Tシャツ姿で横になる蓮の胸元に自然と手が伸びた。
指に触れたのは、冷たい金属の感触。
ネックレスに通された、二つの指輪。
外れていない。
消えていない。
それだけで、少し息がしやすくなった。
息苦しい理由は分からず、蓮にドキドキと高鳴る胸のせいにした。
「……ちゃんと、いるでしょ」
問いじゃなくて、確認でもなくて。
ただの事実みたいな言い方だった。
蓮はちゃんと俺を見てくれている。
それだけで、胸のざわつきが静まる気がした。
「……うん。いる」
それだけで、今は十分だった。
こうやって時間を作って会いにきてくれた。
「おはよう」が言える朝。
当たり前じゃないんだね……
「今朝の朝ごはんはなんでしょ?」
唐突な俺の質問に、ニヤリと笑った蓮は、「もう少しお味見」と言って、もう一度俺にキスをした。優しく触れた唇はリップ音を立てて離れた。胸の奥がじんわりと温かい。
「おにぎりは間違いないね」
「すごい蓮」
蓮は優しく頭を撫でると「お腹空いた」と言って俺を抱きしめた。
「先に翔太頂こうかな?」
「ダメ…味噌汁冷めちゃう」
「そりゃ急がなきゃだ」
ふわりと浮き上がる体。
蓮の首にしがみ付いて、ベッドから離れるとキッチンに立つ蓮は後ろから抱き竦めてお腹に手を這わした。
「あったかいね翔太……生きてる」
「うん」
「何を手伝えばいい?」
お腹に回された蓮の手を取った。あったかい――
後ろを振り向くと首に下がった二人のリングが目に止まった。そっと唇で触れるとコツンと小さく音が鳴った。
「蓮ずっと見てて?俺だけを」
丸ごと抱きしめるみたいに大きな腕が俺の体を覆った。
「卵焼きにマヨネーズは付ける派ですか?御所望なら冷蔵庫からお取りしますが?」
「バカぁ……」
蓮が居れば怖いものなんて無い。
蓮さえ覚えててくれれば、それだけで幸せ。
蓮より大事なものなんて、無いのだから――
「また食べさせてくれる?」
「僕に食べられる覚悟があるなら」
「バカじゃないの///」
ほら甘い朝だって普通に迎えられた。
味噌汁の湯気がゆっくりと上がる。
ただの、いつもの朝――の形をしていた。
コメント
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不安感が常に漂う〜😭