テラーノベル
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第二十五章 色を失った日
自動ドアの前で、足が止まった。
ガラス越しに見える店内は、静かで、整いすぎていて。
場違いかもしれない、なんて今さらなことを考える。
それより――
もし、開かなかったら。
自分に反応しなかったら。
ほんの一瞬、そんな馬鹿げた想像が浮かぶ。
自分が、ここに“いない”みたいで。
肩に、ふわりと腕が回った。
「翔太」
優しい声。
視線を上げると、蓮が俺を見ている。
いつもの、落ち着いた目。
「大丈夫。ちゃんと反応する」
言われて、息が止まる。
俺、何も言ってないのに。
「……何が」
「自動ドア」
さらっと言うくせに、目は真剣だった。
胸の奥を見透かされたみたいで、少しだけ悔しい。
「するし。俺、ちゃんといるし」
強がってみせると、蓮の腕がほんの少し強くなる。
「知ってる」
その一言が、思ったよりあたたかい。
蓮が一歩踏み出す。
センサーが反応して、ドアが静かに左右に開いた。
ウィン、と小さな音。
その音が、妙に大きく聞こえる。
開いた。
ちゃんと、開いた。
蓮の腕の中のまま、店内に入る。
「ほら」
耳元で、低く笑う声。
「消えてない」
心臓が、どくん、と鳴った。
指先で、胸元を触る。
まだ何も下がっていない首元が、少しだけ心もとない。
だから――
ちゃんと、かけたい。
消えないものを。無くならないように――
「これなんていかがですか?」
真正面に座る俺を他所に、隣にいる蓮の掌にネックレスを置いた店員。店に入って10分ほど経つけれど、まだ一度も視線が合わなかった。〝さては、めめのファンだな〟なんて都合のいい解釈でやり過ごす。
蓮はそんなこと気にも止めずに、やたらネックレスの留め金の部分を慎重に見ている。
「簡単に外れたりしないですよね?」
蓮も何かを恐れているの……?
まさかね――
「ほら、翔太もちゃんと見て決めな」
「蓮が選んでくれたのがいい」
お揃いが欲しいとは言わなかった。
全く同じものなんて、この世にはないのだから――
結局シンプルなシルバーのネックレスにした。見た目は蓮のネックレスとそっくり。少し短めのものにして、いつでも指輪に触れられるように……鎖骨にぶら下がる指輪が嬉しそうにキラッと光った気がした。
湾岸線を走る車内。
逸らした視線の先で、膝の上の拳がぎゅっと握られていた。
ゆっくりと隣から手が伸びてきて、蓮の手が重なった。
「そんなに強く握らないで?ほら爪の跡がくっきり……可哀想だ――」
優しく握られた蓮の温もりに、涙が止まらなかった。
また、居なくなる。
「見て海だよ?」
車窓を開けて、外を見つめる蓮に、顔を背けるように視線を外す。真っ青な青空も、コバルトブルーの海の景色も、そのどちらも今の俺には眩しすぎる。
その色を見るのが――
怖かった。
ふわっと香った蓮の匂い。頭を抱えて抱きしめられた。
「ここに居る」
何度も頷いた。
蓮の胸の中で何度も。
その度に、抱き締める蓮の腕が俺との隙間を埋めて行く。それでもちっとも苦しいとはならなくて、確かめるようにそっと背中に腕を回した。ペタペタと隈なく触ると〝くすぐったいよ〟と怒られた。
「ほんとう?くすぐったい?ちゃんと触れてる?」
蓮 side
〝ちゃんと触れてる?〟
まるでそこに居ないみたいに――
翔太のほっぺを抓った。
「いつまで寝ぼけてるの?」
「……痛い」
「良かった痛くて……ちゃんとここに居るだろ?きっと青もすぐに戻ってくる」
キョトンとした顔で〝アオ?〟と言った翔太は、
本当に知らない言葉を聞いたみたいに瞬きをして――
「何それ食べれんの?美味しい?」
自分の指先が震えているのが分かった。もう一度頰を抓って〝しっかりして翔太!〟と言うと我に返ったようにハッとした顔をして、真っ黒な瞳が、小刻みに揺れた。
翔太の瞳は、底の色が抜け落ちたみたいだった。
行き交う人に、何度もぶつかっては〝ごめんなさい〟を繰り返す。
そこに居るのに居ないみたいに――
突然現れた障害物に驚くように――
逸れないように、差し出した手は握らずに〝大丈夫〟とだけ言った翔太は、遠慮がちに俺の服の裾を掴んだ。目にたくさんの涙を浮かべて――
国際線のターミナル。
平日の人出はまばらだった。
「また、きっとすぐ会えるから……無理しなくていいから待ってて」
「来るなって言ってるの?」
「違うそうじゃない……」
翔太が会いに来るたびに薄れゆく君が怖いんだよ――
「また時間作って帰ってくるから」
「俺の方がすぐに会いに行ける……無理なんかしてないもん」
これ以上は喧嘩になりそうだったし、翔太が壊れそうだった。必死に掴んだTシャツの裾。
その指が、ほんの一瞬だけ、力を強めた。
けれど次の瞬間、するりと緩む。
まるで――自分で離すことを選んだみたいに。
「ごめんね蓮……洋服が皺くちゃだ」
皺になるほど掴んでいたくせに、
ふと手を離して、シャツを撫でる。
「アイロン掛けに行こうか? 俺、得意だよ」
……そんな顔をするなよ。
「その時はお願いしようかな?それまで元気で待てる?」
自分に言い聞かせるように何度も頷いた翔太は、〝元気でいる……じゃぁまたね〟そう言って、腰の辺りで小さく手を振った。
「あの、一個だけ……お願いしていい?」
翔太は〝上着ちょうだい〟と言って、俺の着ていたジャケットを剥いだ。〝寒いんだけど……〟という俺に我慢しろだなんて――
「だって……蓮の匂いどんどんなくなってく――」
「先輩、カナダ舐めてます?」
顔に皺を寄せて、お腹を抱えて笑った翔太はいつもの彼だったように思う。
「バイバイ蓮」
儚く消え入りそうな、その声に思わず抱きしめた。
翔太の体は小さくて冷たくて、抱きしめているのに、手応えがなくて、ギュッと抱きしめ直すと
「くっ苦しいぞ!バカ」
「離れないで翔太――
忘れないで
翔太の青も、この温もりも、痛みも全部、
ちゃんとここにある」
繕いの笑顔で見送られた日。
翔太の瞳は、夜みたいに静かだった。
コメント
4件
飛行機に乗ってきたんだっけ?わかんなくなっちゃう😵💫
