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第八章 闇が還る月夜
第三話 帝国の理と光の秩序
皇帝執務室は、静かな空気に包まれていた。
高い天井。 大きな窓。
秋の穏やかな光が、長い赤絨毯へ静かに落ちている。
壁には帝国の紋章。
重厚な本棚。
そして部屋の中央。
書類へ視線を落としていた男が、静かに顔を上げた。
燃えるような金髪。
鋭い黄金の瞳。
年齢を重ねた威厳を纏う男
―ーソレイユ帝国皇帝レグルス。
その視線の先には、ハヤトが立っていた。
「……それで」
低く落ち着いた声。
「昨夜の件について、説明してもらおうか」
ハヤトは静かに頷いた。
「昨夜、二十時頃
帝都東地区で魔物の大規模出現が発生しました」
「既に騎士団により、被害状況の確認は完了しています」
レグルスは、じっとハヤトを見る。
「……他にもあるのだろう?」
ハヤトは僅かに目を伏せた。
そして
「黒髪黒眼の青年を保護しました」
空気がわずかに変わる。
レグルスの指先が、机を軽く叩いた。
「……続けろ」
「その青年の周囲では、異常な量の瘴気反応が確認されています」
「昨夜の魔物出現にも、何らかの影響があった可能性があります」
「そして……」
ハヤトはゆっくり言葉を続ける。
「青年は、魔物の瘴気を吸収していました」
皇帝の瞳が、僅かに細められる。
「さらに、治癒能力も確認しています」
「教会側は彼を、強制的に拘束しようとしていました」
静かな報告。
だがそこに含まれる意味は重い。
レグルスはしばらく黙っていた。
やがて。
「……月蝕の子か」
低い声が落ちる。
ハヤトは否定しない。
それだけで、答えになっていた。
皇帝は深く椅子へ背を預ける。
「教会は何と言っている」
「厄災指定を進める可能性があります」
「そうか」
短い返答。
感情は読めない。
机に置かれた時計の針の音が、やけに大きく響く。
やがて
「ハヤト」
皇帝が静かに呼ぶ。
「お前は、何をしようとしている」
真っ直ぐな問いだった。
#ご本人様には関係ありません
sora
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莉心
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#山中柔太郎
Yuna
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ゆいは
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皇子としてではなく、一人の人間へ向ける声音。
ハヤトは僅かに沈黙する。
脳裏に浮かぶのは、昨夜の黒い瘴気と、怯えるジントの姿。
そして今朝、震えながらも、
「守りたい」と言ったダイチの声。
真っ白い頬を伝う涙。
ハヤトはゆっくり顔を上げた。
「……まだ、分かりません」
「ですが」
黄金の瞳が、真っ直ぐ皇帝を見返す。
「教会がやろうとしていることは間違っている。そう確信しています」
レグルスは何も言わない。
ハヤトは続ける。
「そしてあの青年は、少なくとも俺には“厄災”には見えませんでした」
静かな声だった。
レグルスは長く沈黙した。
その視線は鋭く、内側まで見透かすようだった。
やがて
「……教会の地下禁書庫」
不意に口を開く。
ハヤトの呼吸が僅かに止まる。
「最近、管理記録に不自然な点があったそうだ」
「お前、何か知らないか?」
完全に試されていた。
部屋の空気が張り詰める。
けれどハヤトは、視線を逸らさない。
数秒の沈黙。
そして
「……お答えできません」
真っ直ぐな拒絶だった。
レグルスはしばらく無言だったが、
やがて小さく息を吐いた。
「そうか」
それ以上は追わない。
ハヤトはわずかに目を見開く。
皇帝は窓の外へ視線を向ける。
「教会は近年、力を持ちすぎている」
独り言のように呟く。
「民は光を求める。恐怖が広がれば、
教会はさらに勢力を増すだろう」
ハヤトは静かに聞いている。
「だが」
レグルスの黄金の瞳が、再びハヤトを見る。
「もしその青年が、本当にこの世界に必要な存在なら」
「帝国は、最悪の選択をすることになる」
空気が重く沈む。
それは脅しではない。
皇帝としての現実だった。
ハヤトは静かに答える。
「……させません」
短い言葉。
だが揺るがない意志があった。
「必ず、別の道を見つけます」
レグルスは息子を見つめる。
しばらくして、ほんの僅かに口元を緩めた。
「お前は昔から、諦めが悪いな」
「誰に似たんでしょうね」
ハヤトが小さく返す。
一瞬だけ、皇帝は笑ったように見えた。
だがすぐに表情を戻し。
「行け」
低い声。
「そして見極めろ」
「その青年が、世界を救うのか」
「あるいは――」
その先は言葉にならなかった。
ハヤトは静かに一礼し、執務室を後にする。
扉が閉まる。
静寂の中で、レグルスはゆっくり目を細めた。
◇
帝都中央。
巨大な尖塔を持つ、太陽教会大聖堂。
朝日を受けた白亜の壁は、まるで光そのもののように輝いていた。
だがその地下深くは、冷たい静寂に包まれている。
石造りの長い回廊。
薄暗い灯り。
響く足音。
奥の扉がゆっくり開いた。
「……失礼いたします」
白い法衣の神官が、緊張した面持ちで頭を下げる。
部屋の中央。
古い机の前に座る老人が、静かに顔を上げた。
白髪。深い皺。灰色の瞳。
太陽教会教皇――ヴァルド。
帝国教会の頂点に立つ男。
「報告を」
低い声。
神官は小さく息を呑む。
「昨夜、対象の拘束に失敗しました」
「黒髪黒眼の青年は、帝国騎士団に保護されています」
ヴァルドの表情は動かない。
「現場には、ハヤト皇子、フィルディア王子、旅商人の青年、そして青髪の青年が確認されています」
「複数名が、対象の能力を目撃した可能性があります」
「……どこまでだ」
静かな問い。
神官は慎重に答える。
「瘴気の異常集中。影の暴走。
魔物の引き寄せ、そして吸収」
「少なくとも、通常の人間ではないと認識されたかと」
部屋の空気が、重く沈む。
ヴァルドはゆっくり目を閉じた。
「満月の前日に、最悪の形で露見したか」
掠れた呟き。
神官は続ける。
「加えて――」
一瞬、言葉を迷う。
「数日前、地下禁書庫から『月蝕記』が持ち出された件ですが」
ヴァルドの瞳が、ゆっくり開く。
「……確認は取れたか」
「はい」
神官が深く頭を下げる。
「出入り記録、警備状況、時期」
「全て照合した結果」
「ハヤト皇子による持ち出しで、ほぼ間違いないかと」
「関係した神官は、現在も調査中です」
静寂。
長い沈黙が落ちる。
やがて。
「……愚かな」
初めて、ヴァルドの声に感情が滲んだ。
怒りというより、深い疲労に近い。
そしてゆっくりと立ち上がる。
重い法衣が床を擦る。
「……ついに、知られてしまったか」
低い声。
「月蝕の子が、ただの厄災ではないことを」
神官は顔を伏せたまま動けない。
ヴァルドは薄暗い天井を見上げる。
「三百年前」
「人々は恐怖した」
「魔物は溢れ、多くの被害が出た」
「幽閉していた城では、大混乱が起きた」
灰色の瞳が、静かに揺れる。
「人は、理解できぬものを恐れる」
「そして恐怖は、さらに混乱を生む」
静かな声だった。
「だから我々は、“厄災”として定義した」
「恐怖を一つへ集約し、秩序を守るために」
神官は恐る恐る口を開く。
「ですが……もし帝国側が、『月蝕記』を公表すれば……」
ヴァルドの視線が、鋭く向く。
「人々は動揺するだろう」
「教会が隠していたこと」
「月蝕の子が、世界に必要な存在かもしれないこと」
「それが広まれば、信仰は揺らぐ」
静かな断言。
そこには確かな危機感があった。
ヴァルドはゆっくり歩き出す。
地下の闇へ、足音が響く。
「ハヤト皇子は危険だ」
「真実を暴こうとしている」
「だが、真実は常に人を救うわけではない」
神官は何も言えない。
やがてヴァルドは立ち止まる。
「監視を続けろ」
「皇子。騎士団。そして――」
その瞳が静かに沈む。
「月蝕の子」
短い沈黙。
「今日は満月だ」
その言葉に、神官の顔色が変わる。
ヴァルドはゆっくり目を伏せた。
脳裏へ過るのは、古い口頭伝承。
夜空を覆う黒い月。
人々の悲鳴。
そして。
黒髪黒眼の少女の姿。
「……繰り返してはならん」
誰にも届かない呟きが、地下の闇へ沈んでいく。
地上では、穏やかな朝日が帝都を照らしていた。
けれどその裏側では、二つの光が静かに衝突を始めていた。
コメント
1件
あー、これ第23話ね!もうね、皇帝レグルスとハヤトの会話、めっちゃ良かったわ。黄金の親子だなって思った。陛下「お前は昔から諦めが悪い」からのハヤト「誰に似たんでしょうね」の流れ、一瞬の笑い合いで心臓掴まれたよね。で、教会側の教皇ヴァルドが「真実は常に人を救うわけではない」って言うのも重いわ。満月の夜…次どうなるんだろう。続き超気になる🔥