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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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その日の夜、仕事を終えた俊介が向かったのは――一花の待つ家ではなかった。
マンションの一室。扉が開くなり、俊介の胸元へ腕が回り、そのままためらいなく唇が重なる。
「汗臭いよ」
「いいの。今日も頑張った証でしょ?」
俊介は疲れ切った様子でソファへ腰を下ろした。
すぐ隣に腰掛ける気配がして、労るような声が落ちてくる。
「お疲れね。……やっぱり、今の家じゃ落ち着けない?」
「春子さんには感謝してるよ。でも、俺のせいで世話になってるから……やっぱり肩身は狭い」
しばらく、探るような視線が俊介へ向けられていた。
「……離婚しようとは思わないの?」
俊介の表情が曇る。
「悠真もいるし。一花には苦労ばかりかけてきた。これ以上、あいつを傷つけたくない」
やがて俊介は時計を確認すると、腰を上げた。
「……やっぱり今日は帰る」
「もう?」
「一花も今いろいろあるし、俺がそばにいてやらないと。それに悠真とも約束してる」
立ち上がろうとした俊介の腕を、細い指がそっと掴む。
「……帰らないで」
「また来るから」
俊介が立ち上がった途端、その身体がふらりと揺れた。
「……あれ」
「どうしたの?」
「なんか……急に眠くて……」
俊介は再びソファへ腰を下ろすと、そのまま背もたれへ身体を預けた。
「悪い。少しだけ……」
ほどなく、規則正しい寝息が聞こえ始める。
額にかかった髪を、指先がそっと払いのけた。
「選べないなら、選べるようにしてあげる」
眠る俊介の頬を撫でながら、穏やかな声が続く。
「これで、みんな幸せになれるの」
やがてその視線は、テーブルに置かれたスマホの画面へと移った。
23時58分。
「……そろそろね」
その頃、一花の家では、悠真が眠そうに目をこすりながらリビングのソファに座っていた。
いつもならとっくに眠っている時間だが、今日は俊介と一緒に寝る約束をしていたため、頑張って起きていたのだ。
「パパ、まだかえってこないの……?」
一花は壁の時計へ目を向けた。
もうこんな時間なのに、俊介からはまだ何の連絡もない。
「もうすぐ帰ってくると思うよ。お仕事、ちょっと長引いてるのかも」
「でも、いっしょにねるってやくそくしたの」
そう言いながら、悠真は大きなあくびをする。
眠気に耐えてまで父親を待つ姿を見かねた春子が、隣から優しく声をかけた。
「じゃあ今日は、ばぁばと一緒に寝る?」
「ばぁばと?」
「そう。絵本も読んであげる」
「ほんと?」
「もちろん」
悠真は少しだけ迷ったものの、やがて春子の腕へぎゅっと抱きついた。
「じゃあ、ばぁばとねる!」
「あら、決まりね」
一花はようやく笑みをこぼした。
春子と手をつないで寝室へ向かっていく悠真を見送り、もう一度スマートフォンを確認する。
俊介からの連絡は、まだなかった。
一花は一度だけ電話をかけてみたが、呼び出し音が続くだけで応答はない。
事故にでも遭ったのではないかと不安になり、短いメッセージを送った。
『まだ仕事? 大丈夫?』
それから風呂を済ませ、寝室へ入っても返信はなかった。
もう一度電話しようか迷ったものの、今日一日の疲れが一気に押し寄せ、一花はスマートフォンを枕元へ置いた。
警察へ行ったこと。和子に責められたこと。そして、どこからか自分を見ているかもしれない黒いフードの男。
考え始めればきりがなかったが、何度か寝返りを打つうち、一花の意識はゆっくりと眠りへ沈んでいった。
家の灯りがすべて消え、住宅街が静まり返った頃。
一花の家の前に、一人の男が現れた。
黒いフードを深く被った、あの男だった。
男はしばらく家を見上げていたが、やがて暗闇の中に小さな炎が揺らめくと、その口元がゆっくりと歪んだ。
「……ぼくが、助けてあげるからね……」
喉の奥で、くつくつと笑う。
揺れる炎を見つめる男の顔には、これから恐ろしいことをしようとしている人間とは思えないほど、満足そうな笑みが浮かんでいた。
やがて火は家へと燃え移り、静まり返った夜を赤く染めていった。
どれほど眠っていたのだろう。
一花は身体にまとわりつくような熱気に顔をしかめ、ゆっくりと目を開けた。
息を吸い込んだ瞬間、鼻を刺す焦げ臭さに気づく。
ぼんやりしていた意識が一気に覚醒し、一花は勢いよく身体を起こした。
「……なに……?」
薄暗いはずの部屋が、妙に明るい。
窓の向こうから赤い光が揺らめいていることに気づき、一花は嫌な予感に突き動かされるようにカーテンを開いた。
その瞬間、息が止まった。
窓の向こうでは、真っ赤な炎が激しく燃え上がっていた。
すでに火は家へと広がり、窓越しにも肌を焼くような熱気が伝わってくる。
その瞬間、一花の頭に、別の部屋で眠っている二人の顔が浮かんだ。
「お母さん……悠真……!」
慌てて寝室を飛び出そうとした、その時だった。
廊下の向こうから、かすかな声が聞こえた。
「ま……」
一花の足が止まる。
「まま……」
聞き間違えるはずがない。
悠真の声だった。
一花の顔から、さっと血の気が引いた。
コメント
1件
うわぁ…第7話、めっちゃヤバかった…!!😭💦 最初は俊介の浮気現場?って思ったら、一花と悠真のところに火災が…まさかの展開すぎて心臓止まるかと思ったよ… 悠真くんがパパ待ってるシーンめっちゃ不覚にも泣きそうになったし、最後の「まま…」は反則だよ… 助かってほしい、続きが気になって今夜眠れない…!!🔥 都築さん、読者をこんなに振り回すのずるいです!!(褒めてる)次話も楽しみにしてます📖💕