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#山中柔太郎
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第九章 広い世界
第四話 白銀を越えて
白い息が静かな空へ溶けていく。
雪原を駆け抜け、ジュウタロウは一人フィルディア王国へ帰還していた。
白馬の蹄が雪を踏み締める。
やがて見えてくる巨大な城門。
白銀の城――フィルディア王城。
冷たい風が吹き抜ける中、城門の騎士達が一斉に頭を下げた。
「ジュウタロウ殿下、お帰りなさいませ!」
ジュウタロウは軽く頷き、そのまま城門を抜ける。
中庭へ入ると、馬を止めて静かに降り立った。
その時だった。
「やっと戻ったか!」
聞き慣れた声。
振り返ると、一人の男がこちらへ歩いてくる。
赤茶色の髪を無造作にかき上げ、人懐っこい笑みを浮かべた青年。
フィルディア王国騎士隊長――アロハ。
そして、ジュウタロウの幼馴染だった。
「変わりはないか?」
ジュウタロウが問うと、アロハは胸を張る。
「ああ、お前が留守の間もしっかりフィルディア守っといてやったぞ!」
自信満々なその姿に、ジュウタロウはふっと小さく笑った。
その表情を見た瞬間、アロハが目を丸くする。
「……なんだ?」
「いや……」
アロハは不思議そうにジュウタロウを見る。
「なんかお前、雰囲気変わったな」
「そうか?」
「前よりちょっと柔らかくなったっつーか……」
ジュウタロウは僅かに視線を逸らした。
「普通だ」
「いや絶対違うだろ」
アロハが笑う。
二人は並んで城の中を歩き始めた。
雪国特有の静かな廊下。
窓の外では、白い雪がゆっくりと舞っている。
「ソレイユ帝国の件、こっちにも話来てるぞ」
アロハが言った。
「大規模な魔物襲撃だったんだろ?」
「ああ」
ジュウタロウは静かに頷く。
「あちこちで噂になってるぞ。
“帝都を救った黒髪の少年”がいるとか何とか」
その言葉に、ジュウタロウは一瞬だけ目を伏せた。
「……そうか」
「まぁ、お前が無事で何よりだよ」
アロハはいつもの調子で笑う。
その軽さが、どこか心地良かった。
やがて、王の執務室前へ辿り着く。
重厚な扉。
「じゃ、また後でな」
アロハは軽く手を振り、来た道を戻っていく。
ジュウタロウはその背を見送り、静かに深呼吸をした。
そして。
コンコン――
扉をノックする
「入れ」
低く鋭い声。
ジュウタロウは扉を開き、静かに中へ入った。
広い執務室。
奥の机には、銀髪の男が座っている。
フィルディア王、フロスト。
冷たい氷のような威圧感を持つ男だった。
ジュウタロウは机の前まで進み、静かに敬礼する。
「只今戻りました」
フロストは小さく頷いた。
それからジュウタロウは、ソレイユ帝国で起きた出来事を報告した。
魔物や月蝕の子についての調査。
禁書、闇の真実。
そして実際目にした出来事。
魔物襲撃。
黒髪の少年、ジントが帝都を救った経緯。
さらに、教会の危険性。
月属性が関わっている可能性。
フロストは最後まで口を挟まず、静かに聞いていた。
やがて
「ジュウタロウ」
低い声が響く。
「……お前の一番の目的は、果たせたのか」
その言葉に、ジュウタロウの瞳が僅かに見開かれる。
幼い日の記憶。
雪。
白い毛並みの友。
そして母。
あの日の真実を知ること。
それが、自分の旅の始まりだった。
「……はい」
ジュウタロウは静かに答える。
「今でも、リュカを……母上を救えなかったことを悔やんでいます」
銀の瞳が静かに伏せられる。
「ですが」
再び顔を上げた時、その瞳には確かな意思が宿っていた。
「俺には、二人のためにもやるべきことができました」
「月蝕の子の役割である、闇を還し世界の循環を正すこと。それを皇子ともに助け、見届けたい」
その眼差しは、もう迷っていなかった。
フロストはしばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐く。
「……分かっているだろうが、簡単なことではない」
「命を落とす危険性もある」
静かな声。
だがその奥には、父としての感情が滲んでいた。
「それでも」
フロストは真っ直ぐジュウタロウを見る。
「やらねばならぬことがあるのなら、それを果たす以外にない」
ジュウタロウは静かに息を呑む。
「必ず戻れ」
フロストは低く言った。
「この国には、お前が必要だ」
その言葉に、ジュウタロウは静かに頭を下げた。
「……はい」
執務室を出る。
扉が静かに閉まる音が響いた。
そのままジュウタロウが向かったのは、城の裏庭だった。
雪の積もる木々。
白い石畳。
その先に、立派な墓石が並んでいる。
そのうちの一つにまだ新しい花が、薄く雪を被って静かに手向けられていた。
ジュウタロウは近くに咲いていた白い花を一輪摘み、そっとその墓前へ置く。
静かに目を閉じる。
冷たい風が、銀色の髪と白い外套を揺らした。
それからさらに奥へ歩く。
裏庭の隅。
雪の積もった、小さな石碑。
ジュウタロウはしゃがみ込み、そっと雪を払った。
そこにはこう刻まれていた。
『共に駆けた白き友』
ジュウタロウはしばらくその文字を見つめる。
幼い頃。
雪原を駆け回り、いつも隣にいた存在。
人でも獣でもなく、ただ“友”だった。
静かな沈黙。
冷たい風だけが吹き抜けていく。
ジュウタロウは目を閉じ、心の中で小さく呟いた。
――ごめんな。
その声は、誰にも届かない。
やがて立ち上がり、城の中へ戻る。
自室の前まで来た時だった。
「お兄様!」
ぱっと顔を輝かせ、少女が駆け寄ってくる。
フィルディア王女――リリア。
ジュウタロウの妹だ。
その姿を見た瞬間、ジュウタロウの頬が自然と緩んだ。
「……リリア」
だがその表情を見たリリアが目を丸くする。
「……え?」
思わず固まる妹に、ジュウタロウは眉を寄せた。
「なんだ」
「い、いえ……」
リリアはふっと微笑む。
「ご無事で何よりです」
その笑顔は、どこか安心したようだった。
「お兄様のいない間に、色々あったんですよ!」
そこから、リリアは楽しそうに話し始める。
庭園の話。
城下町の祭り。
新しく入った侍女の話。
ころころ変わる表情を見ているうちに、ジュウタロウは思わず吹き出していた。
「ふっ……」
その瞬間、リリアがぱちぱちと目を瞬かせる。
「……お兄様」
「ん?」
「……良い出会いがあったようですね」
ジュウタロウが少し目を見開く。
リリアは嬉しそうに笑った。
「後でまたお話聞かせてくださいね!」
そう言って、ぱたぱたと廊下を駆けていく。
その後ろ姿を見送りながら、ジュウタロウは静かに目を細めた。
脳裏に浮かぶのは、
黒いローブの不思議な青年。
太陽のように笑う青年。
騒がしい旅芸人。
真っ直ぐな皇子。
雪のような静けさを持っていた自分の世界は、いつの間にか変わり始めていた。
―――――
翌朝。
王城の玄関前。
「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
アロハが不満そうに腕を組む。
その隣では、リリアが寂しそうに俯いていた。
ジュウタロウは苦笑し、そっと妹の頭を撫でる。
「ちゃんと戻ってくる」
「……はい」
リリアは小さく頷いた。
それからジュウタロウは、アロハへ視線を向ける。
「悪いな。またしばらく城を空けるが……」
一瞬だけ口元を緩めた。
「まぁ、お前なら大丈夫だろ」
アロハは大きく笑う。
「当たり前だろ! 任せろ!」
ジュウタロウは白馬へ跨った。
冷たい風が吹き抜ける。
白銀の城。
帰る場所。
守るべき国。
その全てを胸に刻みながら、ジュウタロウは静かに馬を走らせた。
再び、仲間達の待つ場所へ向かうために。
コメント
1件
comiさん、第39話「白銀を越えて」、読み終わりました。ジュウタロウが帰還して、アロハやリリア、父王フロストとの再会、どれも胸に染みました。特に「必ず戻れ」という父の言葉に、彼の覚悟が伝わってきてぐっときました。あと、白い友の墓前に花を手向けるシーン、静かでとても美しかったです。リリアに「良い出会いがあったようですね」と言われたところ、彼の成長が感じられて、自然とほっこりしました。素敵なエピソードをありがとうございます🌷