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「常春《つねはる》様、あなた、もしかして……」
橘が顔を曇らせ、声をかけてくる。
「晴康《はるやす》様も、いるから……そりゃ、心配は、していませんよ、でも、今は、その、晴康様もあのお姿、なにより、あなた、常春様、あなたが、一番危うく見えるの……」
「ですが、もう、我慢できません!これまで、です!」
紗奈!と、常春は、妹に、背を向けた。
「歩けないだろ?おぶさりなさい」
「兄様?」
「紗奈、おいとまいたそう。もう、私は、無理だ。二人で国へ帰ろう」
ああ……、と、橘と、髭モジャは呟き、泣きそうな顔をしつつも、それ以上言葉が出ないと、黙りこくった。
「あ、兄様!で、でも!」
「わからんのか!もう、駄目なんだよ!この屋敷に、これ以上、関わると、お前は、ますます、危険な目に合う」
妹の事も、確かに心配だったが、ほとほと嫌になった、が、正直なところだった。
「……そうじゃわなあー、あれだけお仕えして、まるきりの、裏切り、に、近いことをされては……。そして、何より、これからも、紗奈の身柄は、危険に晒されるはず、そうじゃ、ここを出て行くのが、よいじゃろう」
髭モジャが、どこか、寂しげに、ごちた。
「ちょっと、待て、髭モジャよ!この新《あらた》を、捕まえれば、この屋敷に仕込んでいる仲間も、芋づる式だろうて、その、娘《むすめご》は、もう、心配いるまい」
崇高《むねたか》が、不思議そうに言った。
「ああ、理屈はな」
「髭モジャよ?」
「すまん、これ以上は……」
「そうか。まあ、とりあえずは、今、ここに、のさばっている輩を取っ捕まえようぞ」
よし!と、髭モジャは、腕まくりをすると、立ち上がる。
「お前様?」
「女房殿、鍾馗《しょうき》を頼んだぞ」
それは、かまいませんが、と、橘は、口ごもりつつ、事情は聞けないのかと粘った。
「新が、吐いた」
崇高が言う。
「あやつが、首領なんじゃ。琵琶法師の命を受けて動いている、押し込み強盗のな」
悔しげに、髭モジャが続けた。
下働きに始まり、女房に、家令《しつじ》まで、とにかく、屋敷に詰める者を、新が、送り込んでいた。
そして、あらかじめ、屋敷の中を探り、続けて、騒ぎを内側から起こす。
賊が、押し入って来ることにして、なに食わぬ顔で、その、賊の首領が、皆の力になると、屋敷へ入り込み、貴重品を守る振りをし、かすめ取る。
下っぱの、手下どもは、もう、必要ないと、あらかじめ、屋敷から逃がしている。
その、口車に、髭モジャ初め、橘達は乗せられていた。
まるっきり、意味のない、策とやらを、実行させられ、いや、内側から騒ぎを起こす駒に使われていたのだ──。
「……ならば、屋敷は、すでに、襲われていたということ……。紗奈!立ち去るぞ!もう、我慢できん!」
言って、常春は、紗奈をおぶり、立ち上がると、ぎこちなく、皆に、一礼した。
「このような、形で、お別れするのは、私も、口惜しい。ですが!」
「わかってますよ!大丈夫、こんな、屋敷、なくなったって、どうってことないわ!でも、あなた達に何かにあっては、私も、うちの人も……」
「じゃあー!!」
と──。橘の言葉を、小さな、それでいて、非常に不機嫌な声が遮った。
「タマは、どうなっても、いいんですかっ!!なんですかっ!!なんで、タマが、死んだことになってるんですかっ!!タマは、生きてますよっ!!勝手に、皆で、殺さないでくださいっっ!!!」
よたよたと、歩みながら、タマが皆の所へ近寄って来る。
「確かに、死ぬかと思いましたけど、思えば、タマは、普通の犬じゃないので、生き死には、関係ないんです!」
言い終わると、ペタリと、床に這いつくばった。
「あーーん!!痛いーーー!!!タマの頭、どうなってるんですかー!!橘様!」
新に、思い切り蹴られ、勢い、柱に頭をぶつけた、それが、非常に痛いのだと、タマが、訴えかけてくる。
余りの痛さに、伸びていたのだが、やっと意識をとりもどしたら、なぜか、子犬の死骸が転がっていることになっていた。
ひどいよー!!と、声をあげようとしたら、ぶつけた頭が、ずきりと、傷んで、その痛さにまた、気が遠のいた。
そして、再び気がつけば、皆で、弔いの話などしている──。
「いったい、どうなってるんですかー!!」
叫んだ、タマは、あいてててーと、また、叫び、のびきった。