「お前さぁ…ほんとについてくるってなんだよ?!」
「いいじゃないですかぁ!課長にも参考にさせてもらえって言われましたもん!」
若い女の子の声が、中廊下で話す嶽丸の声に続いてハッキリ聞こえた。
思わず玄関にソロリと現れてみれば、ガチャリと鍵が開いて、嶽丸とその腕にぶら下がる女の子が入ってきたと知る。
「あー…みゃー、帰ってたのか…」
「…?!」
なにその残念そうな声は。
邪魔だった?私は、帰ってない方が良かった?
「あ?違うよ?!この変な女がぶら下がってるのを見られたくなかっただけな?」
私の眉間のシワを見て、瞬時に言い訳する嶽丸。
…確かに、ブンブン振り回されてもくっついてる。…すご。
「…きれいな人…!」
嶽丸の腕にぶら下がった可愛らしい女の子が、私を見て口元を押さえた。
多分嶽丸より年下。下手すれば新卒。…くらいの年齢。
話しぶりから会社関係の人みたい。
「そういうこと。だから…」
「お姉ちゃんなのでっ!どうぞ上がってください」
酔った頭がくらりと回った気がして、私の口が勝手に動く。
自分からお姉ちゃんになるとか…なに言ってるんだろ。
あぁ…酔ってるんだ。
でもホントは、若くて可愛い女の子を連れて帰ってきた…これは嫉妬。
そんな私の思いに気づいたのかそうでないのか、「なに言ってんだか…」と呟く嶽丸は、呆れたみたいに半笑いだ。
「わぁ…本当ですかぁ?やったぁ!黒崎先輩、パソコン見せてくださいよぅ」
彼女さんじゃなくて良かった〜と、甘えたように言って、女の子は戸惑う嶽丸の腕を引っ張る。
「お部屋はここですね!黒崎先輩の匂いがするぅ!」
まるでトリュフを探し当てた豚のように…部屋に上がり込んだ。
あ。豚なんて言ったけど、見た目はとても可愛い女の子です…
黒く渦巻く心の中のドロドロ。
洗い流すために、私は迷わずバスルームに向かう。
…部屋でなにしてるんだろ
2人っきりで、嶽丸はあの女の子を簡単に魅了して…あのベッドで。
今日のお湯はレモン色。
入浴剤は自分で選んだ。
もし…あの女の子が一緒に帰ってこなかったら、嶽丸は今日のお湯を何色に染めただろう。
渦巻く妄想を必死にかき消すために、どうでもいいことを一生懸命考えてる自分を面倒くさいと思う。
いつもなら、濡れ髪のままリビングに行って、お水を飲んだりしてソファに座るけど…今日はのんびりした気持ちになれない。
乾かしたての髪を揺らしながら、伺うみたいにリビングに行くと…
「やだぁ!…黒崎先輩ウケる!」
楽しそうな女子の笑い声が、パチンと弾けて飛んでいく。
お泊り禁止って…メッセージしとこうかな。
曲がるへの字の口。
面白くない。非常に面白くない。
部屋に入ってバタンとドアを閉じる。…それでもまだ聞こえる、女子の笑い声は、安眠の妨げになるだろう。
「早く…!タクシー呼んだから下へ降りろって」
ずっと聞こえなかった嶽丸の声は苛立ちを含んでいた。そんな声、初めて聞く。
「えー…お姉さんいいって言ってたじゃないですかぁ…」
なんでこんなにハッキリ聞こえるの?あんな可愛い顔をして、声が艶めいているのがわかる。
嶽丸と一緒にいたい…もっと近づきたいって、言葉の裏の本音。
バタン…って音は、玄関ドアを閉める音。
じゃあね…も、またね…もない。
おやすみ…も、気を付けて…もない。
ということは、きっと一緒に家を出たのだと推察した。
私の部屋のべッドは、エアコンの風が直撃する位置にあるって…ずいぶん前に気づいてたのに、模様替えしてなかった。
だから…エアコンはやめて、扇風機と窓を開け放つ涼しさを選ぶことにする。
…それだけだったのに、2人の話し声が聞こえてしまった。
「それで…?」
「だから…また来たいです」
「俺はお前に仕事を教えろって課長に言われただけな?」
「お前じゃなくて…中沢由香って名前があります」
「知らん。秒で忘れる」
名前…私が脳内にインプットした。
女の子大好きなはずなのに、嶽丸は中沢由香ちゃんに冷たい。
会社絡みの女子に手を出すと面倒くさいとか、そんなこと言いそうだなって思いながら、窓の外をヒョイと覗いて後悔した。
「…勘弁しろ!バカっ」
何度も口づけられた嶽丸の唇に、由香ちゃんの愛らしい唇が重なった瞬間は、角度的にしっかり見えた。
嶽丸が引き剥がしたのは、絡みつく腕だけではなく、その唇も。
いやだ…って、瞬間的に思った。
今すぐ由香ちゃんを放置して、まっすぐここに来て私を抱きしめてくれたら、許すかも…って思う。
いやいや…許すってなに?
旅行の夜、嶽丸の告白から…逃げたくせに。
喉から手が出るほど…嶽丸の匂いがするTシャツが欲しくなった。
ホワイトムスクのラストノートを残す、あのTシャツ。
抱きしめて…眠りたい。
そう切望してみるものの、2人がいた部屋に入る勇気なんて、持ち合わせていなかった。
嶽丸からは逃げるくせに、その面影や片鱗をしきりに求めてしまうなんて…自分で自分の扱い方がわからない。
窓を閉めて扇風機を止めて…エアコンのスイッチを入れたと同時に、玄関ドアが開く音がした。
…ベッドに横になって、タオルケットに隠れる。
見つけて。
…でも知らんぷりもして。
まっすぐこの部屋に、歩いてくる足音がする。嶽丸のムカつく長い足が、意志を持って私に近づいてくるとわかって、悔しいけど心踊った。
低い声が響くか…それともノックされる?
嶽丸なら、そのまま入ってくるかも。
そしたら…なんて声をかけられるだろう?
…中沢由香ちゃんとのことを改めて説明したがる?それとも、姉のフリをしたことを怒られる?
もしかしたら、何も言わずに抱きしめてくれるかもしれない…
それなのに。
確かに…部屋のドアは開いたのに、その後静かに閉まるだけなんて。
…嶽丸らしくない。
コメント
2件
みゃーちゃん…お姉さんなんて言っちゃって… めんどくさくても、どーみたってこやつめんどくさい女ってわかるのに… 嶽丸ショックだよ😭せめて黙ってればこんなに悲しい思いしなかったよ?みゃーちゃん😭
お姉さんだけど姉ではないの。 姉にあんなこと、こんなこと、しないんだからー。 由香さん、早くお引き取り下さい。