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「うん。まず外そうか」
天灯共同医療福祉院、人型化準備区域。
蔓性植物由来の精霊は、椅子に座ったまま自分の腰から伸びる蔓を見下ろした。
身体の大部分は、すでに成人男性の姿を取っている。
ただ、背から腰にかけてだけは植物だった頃の由来相が残り、数本の蔓が伸びていた。
そして現在。
そのうち三本が、担当職員の腕へ絡みついている。
「……すまない」
「謝る前に力抜いて。締めるなよ」
「締めてはいない」
「今日はな」
職員は慣れた手つきで、蔓と腕の間へ指を入れた。
引っ張らない。
節の向きを見て、一本ずつ丁寧にほどいていく。
「痛くない?」
「ない」
「じゃあ次」
最後の一本まで外し、職員は袖を直した。
「なあ」
「なんだ」
「俺、支柱じゃないからな」
「知っている」
「だったら、あっち使ってくれよ」
壁際には六本の支持具が並んでいた。
蔓性植物だった魂が何かへ絡みたくなること自体は、問題ではない。
だから、人ではなく安全な支持具へ絡む練習をしている。
実際、職員がいない時は普通に使える。
だが。
職員が部屋へ入る。
すると蔓が揺れる。
支柱を一本。
二本。
三本。
すべて通り過ぎて――
職員の足首へ、くるり。
「…………」
「…………」
「今、完全に支柱避けたよな?」
「偶然だ」
「こんな鋭角に曲がる偶然ある?」
「知らない。俺は今、植物ではない」
「都合いい時だけ人型になるな」
職員はしゃがみ込んだ。
「はいはい。外すぞ」
*
原因は調べた。
体温ではない。
香でもない。
支持具の太さでもない。
職員の腕とほぼ同じ太さの棒を置いた日など、蔓はその横を素通りし、本人の腰へ巻きついた。
「お前、わざとじゃないよな?」
「違う」
「じゃあ何なんだよ」
「俺が聞きたい」
職員はため息をつき、腰へ巻かれた蔓へ指をかけた。
一巻き。
もう一巻き。
最後の一本。
そこで手が止まる。
「……どうした」
「いや」
職員は蔓を見る。
「今日は、そんな強くないなと思って」
「なら、なぜ外す」
「なんでって……」
職員は少し考えた。
「業務中だから?」
「疑問形だな」
「うるさい」
結局、その一本はしばらく残った。
*
「最近、お前は外すのが遅い」
数日後、精霊が言った。
「そう?」
「ああ。昨日は俺が眠るまで外さなかった」
「寝る直前だろ」
「一昨日は、腰へ巻いたまま記録を書いていた」
「邪魔じゃなかったから」
「その前は、外す途中で三回撫でた」
「数えるなよ!」
精霊の蔓が小さく揺れる。
その日も一本が職員の手首へ伸びかけた。
だが。
精霊自身が途中で掴んだ。
「……今日は来ないんだ?」
職員が思わず言う。
精霊が顔を上げた。
「来ない方がいいと言ったのは、お前だ」
「まあ……そうだけど」
「勝手に絡むな。必要なら先に確認する。そう教えられた」
「そうだな」
「だから止めた」
正しい。
訓練は進んでいる。
喜ぶべきなのに。
伸びてこない蔓が、妙に気になった。
*
夕方。
職員が記録を整理していると、精霊が向かいへ座った。
今日は一本も絡んでこない。
職員は書類を見る。
精霊を見る。
また書類を見る。
「……蔓が気になるのか」
「状態確認」
「さっきから腰ばかり見ている」
「言い方」
精霊は自分の蔓へ触れた。
「俺も、少し分かった」
「何が」
「支持具は使える」
「うん」
「他の職員がいても、普通に使える」
職員の手が止まった。
「……他の奴には絡まないの?」
「絡まない」
「一度も?」
「ああ」
精霊は真っ直ぐ職員を見る。
「お前だけだ」
「……何が」
「これ、どうしてもお前に絡みたくなるんだ」
職員は動きを止めた。
「俺に?」
「ああ」
「なんで」
「完全には分からない」
精霊は職員の手を見る。
「でも、お前が近くにいると落ち着く」
「……俺は支柱じゃないぞ」
「知っている」
「なら」
「支柱なら、どれでもいい」
一本の蔓が持ち上がる。
けれど、勝手には伸びてこない。
「お前でないと、こうはならない」
職員は返事ができなかった。
「それに」
「……まだ何かあるの?」
「ああ」
精霊は真面目な顔で言った。
「お前が、ほどく時の手も好きだ」
「…………」
完全に黙った。
「お前は引っ張らない」
「そりゃそうだよ」
「節を見て触る」
「傷めるだろ」
「痛くないところを探して指を入れる」
「普通だって」
「俺には、その普通が好きだった」
職員は自分の手を見た。
最初は支援だった。
絡んだから、ほどいた。
傷つけないよう触れた。
それだけだったはずなのに。
いつからだろう。
一本くらい残っていてもいいと思うようになったのは。
蔓が来ないことを、寂しいと思うようになったのは。
「……困ったな」
「何が」
「俺まで、外したくなくなってる」
精霊が目を見開く。
職員は片手を差し出した。
「……一本だけ」
「いいのか」
「聞いたから答えてる」
一本の蔓が、ゆっくり伸びる。
手首へ触れる。
職員が逃げないことを確かめてから、一周だけ巻きついた。
「締めない」
「ああ」
「邪魔になったら外す」
「分かった」
職員は蔓へ指を置き、何気なく一度撫でた。
精霊の肩が跳ねた。
「…………」
「何?」
「触るとは聞いていない」
「お前が絡んできたんだろ!?」
「俺が得たのは、絡む許可だ」
「細けぇな!」
「接触範囲は確認しろと、お前が教えた」
「正論で返すな!」
精霊が笑った。
手首の蔓も、嬉しそうに揺れる。
「……で。これ、いつ外す?」
精霊が尋ねる。
職員は一本の蔓を見下ろした。
締めつけない。
縛ってもいない。
ただ触れているだけ。
「……今日は、しばらくこのままでいい」
「そうか」
「二周目は駄目だからな」
そう言った直後。
蔓が、そっともう半周した。
「おい」
「これは蔓が勝手に」
「都合いい時だけ植物に戻るな!」
その日の支援記録には、こう残された。
《他者への接触について、事前確認可能》
そして、その下にもう一行。
《支持具の選択については、引き続き経過観察》
記録を書いている間も。
職員の手首には、一本の蔓が絡んだままだった。
コメント
1件
うわぁ〜〜〜〜〜!!!Hp2さん、この第4話めっちゃ良かったです😭💕💕 蔓が職員さんのとこだけに絡みたがるの、絶対なんかあるやつじゃないですか!?「お前でないとこうはならない」とか「ほどく時の手も好き」って、もう完全に告白じゃん…!?って読みながら叫びました(笑) それに職員さんも「外したくなくなってる」って自覚しちゃってるし、最後に蔓がこっそり半周するところとか、もう二人の距離感が尊すぎて胸がじんわりしました…🌸 「記録には経過観察って書いてるけど、手首には蔓が絡んだまま」ってオチ、めちゃくちゃ好きです。続き、めっちゃ気になります!!次も楽しみにしてますね〜!