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「さてと、長居は、守孝の体が堪えるだろう、さっさと、話を進めようか」
「兄上、まさか、まさかですよ!紗奈を後妻になどと?!」
「いや、そんな話は、初耳だ。して、守孝よ、お前、煙を吸って喋れないとのことでは、なかったのか?」
「……え、え、そうです。兄上のお越しですから、こうして、無理をしておるので……」
ほほほほの変わりに、ゴホンゴホンと、守孝は、空咳を発した。
「常春《つねはる》。なんとまあ、見事な、間合いだろう。他所でも、このような具合なのかい?」
「さあ、私には。守満《もりみつ》様、お静かに。守近様が、これから、勝負に出られのですから」
「な、なんと!父上がっ!これは、見ものだな!大人しくしておかねば!」
そうですそうです、せっかく、取って付けたような、社交辞令から、始まり、空々しい会話へ持って行き、本題へと移るのでしょうから、その手腕を見届けなければならないのです。
常春は、適当なことを言いつつ、
「お二方の邪魔をしてはなりません」
と、興奮気味の守満を、押さえた。
下手に、つらつら語っては、守満を刺激してしまうだろうし、ここで、父上もおじ上も、お見事などと、横槍を入れられては、たまらない。守満が、おとなしく控えて置くよう、目を光らせなければと、常春は、気を引き締める。
「さて、と、守孝や」
守近の声色がどこか厳しい物になった。
「おっ、始まる!」
守満が、こっそり、弾けている。常春は、守満の袖を引っ張り、見せ場なのだから、静かにするようにと、無言の圧をかける。
「……くどくど言う必要もないだろう。これで、終わりだ。もう、我らは、手を引く。そして、一件は、都に広がる噂に合わせておきなさい。あやかし、に、よって、あやつられた、賊のせいだと、おそらくそんな話になるだろう。お前のことだ、ほとぼりが冷めるまで、そうして、ゴホゴホ言っているつもりだろう。それでよい。それから先は、もう、無いのだ。良いな?」
「……つまり、狐狸の類いの悪さということにせよと、言うことでしょうか?」
「いや、狐狸の類いの、悪さ、なのだよ」
守近は、言い切った。
しばらくの間の後に、守孝は、更に、大袈裟に咳き込む。
「ああ、兄上、守孝は、この調子、当面、床に付すしかありません」
「うん、そのようだな。大事にしなさい」
では、と、守近が、すっくと立ち上がった。
後ろに控えていた、守満と、常春は、慌てた。
やけに、あっさりと、話がついたからだ。もう少し、ごたつくかと思いきや。
二人も、慌てて立ち上がり、守近に、続こうとするが、
「あっ、おじ上、どうぞ、お体をお大事に。それと……」
守満が、ここに来て、思い出したと、律儀に見舞い事の言葉をかけている。
守近はというと、すでに、房《へや》から出て、控えていた家令《しつじ》に、礼を述べ、表へと向かっていた。
「さっ。守満様も、帰りますよ」
「えーと、常春。紗奈の事は……」
「公達は、くどくど言うものではありません。そして、さっさと、立ち去るものです」
常春が、なかば、守満を引っ張る事で、強引に房を出た。
ふん、と、嫌みな声が聞こえたような気もするが、今は、聞こえなかった事にしようと、常春は思う。
しかし、簾の内にこもっている狸は、最後の最後まで、しらばっくれながら、嫌みな事を行ってくれた。
守近だからこそ、扱えるのであって、守満では……。
これで、自分は、国へ帰って良いのだろうか。
ふと、幸先というものに、不安と戸惑いを感じる常春だった。
「お二方は、馬で戻られます様に」
家令の、声が、常春の耳を突く。
「守近様は、このまま、禁中へ向かわれるそうです」
きっと、事の始末の為、根回しに出たのだろう。まあ、妥当といえば、妥当な動き。
「あいわかった。おじ上には、くれぐれも、ご自愛頂くように」
守満が、答えている。
これも、妥当な返事といえる。
守満も子供ではない。ただ、古狸達の扱い方を知らぬだけ。そこは、今は、まだ守近がいる。
そして、いざとなれば、橘も、髭モジャもいる。自分が、居ようと居まいと、物事と人は動く。
心配したところで、予想もつかない事が、起こり得る。だが、皆がいるのだ、なんとか収まるに違いない。
もう、決めた事なのだからと、決意を固めようとしている常春へ、守満が、言う。
「常春。すまん、屋敷まで馬を引いてくれるか?」
「はい、もちろんでございます」
常春は、静かに答えた。