その頃、あの、大量に集まっていた猫達は、橘から、餌をもらい、静かになっていた。
「はあ、なんとか、落ち着きましたね」
「そうだわね。猫達は、餌が欲しかったのね」
守恵子《もりえこ》は、何もわかってなかったと、しゅんとした。
「いえ、私も、うっかりしてました。タマを訪ねて、繋ぎの猫が、知らせてくれて、気がついたのですから」
それにしても、ものすごい量。と、猫の餌に、守恵子は、驚いている。
「橘、これを、毎日、いえ、少なくとも、朝夕行わなければならないなんて、どうすればよいのかしら?」
「そうですね……裏方は、ほとんど、人がおりませんし、そして、内大臣様の御屋敷の皆様の、お世話もあるし。この食材も、紗奈が、あちこちに、声をかけてくれての差し入れなんですよ。御屋敷には、食材が、ほとんど残っておりませんから。市が開く時間ですから、うちの人に、買い出しに行ってもらってますけれど……猫の餌、までとなると……」
あっ、皆様の朝餉の用意が!と、橘が声を上げた。
「紗奈!猫の餌世話は、それくらいにして、手伝って頂戴!」
はーい、と、どこからか、紗奈の返事がする。
「橘様ー!どうにか餌は行き渡りましたー!」
その言葉に、守恵子は、安堵した。なんとか、しましょうと言った手前、出来ないは、ない。いくら、猫が相手とはいえ、ここは、大納言家。やっぱり出来ませんでした、では、都の笑い者になりかねない。
「守恵子様、そう、思い詰めないでくださいましな」
責任を感じている、守恵子へ、橘が慰めの言葉をかける。
「いいえ、結局、私は、何の役にもたたない。それが、わかっていたから、橘は、待機しておくようにと、私に言ったのね?これで、入内など……」
顔を曇らせ、守恵子は、口ごもる。
そこへ、
「入内!!!何をおっしゃいますかっ!!その様なものは、他の姫君に、お任せしておけばよろしいのですっ!!!!」
鬼の剣幕で、紗奈が、いきなり、縁の下から、現れた。
「えっええ!!」
「紗奈、あなた、ど、どこからっ!!!」
守恵子も、橘も、続く言葉がない。
「動けない猫ちゃんが、いるので、餌を持って行ってたのです。
何匹か、縁の下で、丸まっていますが、どこか、具合が、悪そうで……」
「まあ、可愛そうに。で、でもね、縁の下に、度々潜らなければならないのは、どうかしら?」
おどおどと、言う、守恵子の様子に、紗奈は、はっとして、自らの姿を見た。
クモの巣と、泥だらけ──。
「あー!橘様!また、お借りした衣を汚してしまいました!!申し訳ございません!」
「それは、かまわないけれど、紗奈、あなた、なせ裸足なの?」
橘は、紗奈の様子に疑問を持ったようで、不思議そうに見ている。
「あー、それは、色々あった後で……というか、あのゴタゴタの時に、裸足で、動いてしまったもので、つい、そのまま……あっ!その時、廊下や、渡り廊下も、泥だらけにしてるはず。掃除しないと……」
「まあ、それなら、私にも、できるかも!」
守恵子が、なぜか、前向きになっている。
「あー、じゃー、タマの足を拭いてください!」
舌舐めずりしながら、タマと、一の姫猫がやって来た。
「あー、満腹ーー!」
猫に混じって餌を貰ったと、タマは嬉しそうだった。
「そうよねー!タマったら、大活躍だったもの、お腹減ったわよねー」
「それがわかってるなら、タマに、早く餌をくださいよー!」
いや、だから、手が回らなくて……。と、紗奈はタマの剣幕に弱った。
「まあまあ、タマや、それぐらいにして、こちらへ、来なさい。足を拭いてあげるわ」
守恵子が言うと、タマは、ピョンと縁に飛び乗り、一の姫猫もその後を続いた。
「あら?一の姫猫が?どうして、タマと?」
細々な事象を知らない、守恵子は、なぜ二匹が一緒にいるのかと、首をひねっている。
「えっと……タマ、タマはですねぇ……一の姫猫様と、めおとに、なろうと、思って……」
「なんですって!!タマ、相手は一の姫猫よ!猫じゃない!わかっているの?!」
守恵子が驚きの声を上げるが、それ以上に、驚くものがいた。
ニャーーー!と、親分猫が、毛を逆立て興奮ぎみに鳴いている。
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