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「誰かにご飯作ってもらうの……。久しぶりで……。しかも、こんなに豪華なご飯……。美味しいし……」


涙を止めようとするが、一向に止まる気配がなかった。


「すみません……。食事中なのに……」


「美味いのは、俺が作ったんだから当たり前だろう。冷蔵庫の中の残りで作ったものだし、豪華って言えるほどのものじゃねー。でも食べてくれて良かった。落ち着いたらでいいから、しっかり食べろよ?」


湊さんはとても俺様なことがわかったが、根は優しい人なんだ。


「ありがとうございます」


しばらく泣いた後、落ち着くことができた。

湊さんの作ってくれた料理は、残さず完食をした。


「よしっ、ちゃんと食えたな」

完食したことを彼も喜んでくれた。


あと片付けを手伝おうとしたら

「お前はまだ病人なんだから、ゆっくりしてろ」

彼はそう言って手伝わせてくれなかった。


テレビの前のソファに座っていろと言われたので、言う通りにしていた。

片付けが終わった湊さんが戻ってきて、隣に座る。


「ごちそう様でした。すごく美味しかったです」


「あぁ」


どうしたんだろう、彼はなぜか真剣な顔をしている。


「お前、夢を諦めて実家に帰れ」


「えっ?」


急な話の展開で、湊さんから言われた言葉の重みがすぐ理解できなかった。


「今の生活をしていても、また倒れるだけだ。お前には学歴もあるし、履歴書見たら結構資格だってあるじゃねーか。普通に就職した方が楽だぞ?こんな貧乏生活しなくてもいいし」


湊さんから伝えられた言葉が私の心に突き刺さった。彼が言っていることは、間違いではない。だから余計に、現実と向き合わされた。


「さっきはアルバイトを辞めるなって言ったけどな、よく考えたら実家に帰って就職して、給料をもらうっていうのが、お前にとって一番なんじゃないかと思った」


私のことを考えてくれたんだ、そう考えると心が少し痛くなくなった。


「私も、それが普通なんじゃないかと思います」


けれど……。

一度深呼吸をする。


「でも夢は捨てられません。例えこんな生活でも……。まともにご飯が食べられなくても、普通の女の子と違っても……。私は私が納得いくまで夢を追い続けるって決めたんです。今の生活だって、たまに苦しいと思う時があるけど……。そんなに苦痛じゃありません。自分の好きなことをして生きているんだから。ご助言、ありがとうございます」


頭を下げる。


はぁと湊さんは溜め息をついた。


「お前ならそう言うと思った」


でもな……と湊さん。


「現にお前は生活ができなくなりつつある。同じ生活を続けても、また体調を崩すだけだ。今回は良かったけど、これから同じことが起きたらどうするんだ?」



「それは……」


やはりもっと収入を増やすしかない。


「夜、働きます。夜の方が時給が良いので。もちろん、本屋さんのアルバイトは辞めません。終わったあと、掛け持ちをします」


私の話を聞いて、彼は頭を抱えた。


「バカだな」


バカだなって……。

最悪、そうするしかないことは薄々考えていた。

学校も急に教材を購入しなければならないという時があるし、遠征にだってこれから行く機会があるだろう。

さらにお金が必要になるとは思っていた。


「だって、それしかないじゃないですか?身体でも売れって言うんですか?」


ご飯を食べたからか、反抗する力が出てきたような気がする。


「お前が身体を売ったって、いくらにでもならないわ。キスも初めてだったくらいだろ?キスだけであんな激怒してたら、夜の世界なんてやってらんねーよ」


そう言えば、私、湊さんにキスされたんだ。

思い出したら、紅潮してしまった。


「お前、そこまでして夢を諦めないんだな?」


「はい」


自分が納得できるまで、自分が自分を認めてあげられることができるまで夢を追い続けたい。

歌が私を救ってくれたように、私も誰かを救いたい。


「わかった。それじゃあ、俺から一つ提案がある」


「なんですか?」


嫌な予感がした。


「お前、住み込みで俺の専属家政婦になれ。給料は出す。どうだ?」


「はいっ?」


この人は何を言っているのだろう。


「学校がある時は通学をする、成瀬書店のアルバイトはそのまま継続してもらう。アルバイトが終わったあとは、家政婦として働く。もちろん、朝から働いてもらう。俺の飯作り、掃除、洗濯。その他いろいろ思いついたら指示をする」


そんな生活だったら、今の生活を変えず、夜の仕事をした方がいいんじゃないかと一瞬思った。


「この部屋の空いている一室をお前の部屋にしていい。風呂とかも自由に使ってくれて構わない。家賃も光熱費も俺が負担する。どうだ?」


家賃と光熱費が減る、お風呂にも入れる、さらに家政婦の給料が増える。


心が揺らいだ。


「あぁ。あと、飯も心配しなくていい。必要な金は渡すから、俺とお前の二人分を準備してほしい。俺が仕事で、飯がいらない時は連絡するけど、お前は好きに冷蔵庫の物を使ってくれて構わない」


食費も無料!?


家賃、光熱費、食費が無料だなんて、心が動かされてしまう。


どうしよう。でも、この湊さんと一緒に生活ができるのだろうか?

どうしてそこまでしてくれるの?


湊さんのファンからしてみれば、贅沢すぎる暮らしだ。ファンに見つかったら、私は生きていられるのかな。


「あと、俺がヒマな時は、お前の歌唱訓練をしてやってもいい」


「えっ!本当ですか?」


「あぁ。ヒマな時だけな」


憧れの人から、歌の指導を受けられる。

こんな夢みたいな話はない。


「その代わり、しっかり働いてもらう。お前がちゃんと仕事をするやつだってことは、アルバイトの時から知っているけど」


「よろしくお願いします」


私は深々と頭を下げ、彼にお願いをすることにした。


「あぁ。よろしく」

彼はにこっと笑った。


「でも、なんでそこまで助けてくれるんですか?」


こんな地味で可愛くもない貧乏学生をなぜ相手にするんだろう。


「それは、お前が昔の俺に似ていたからかもしれないな」


昔の湊さんに……?


「この話はもう終わりだ」


この後、私の予想よりもかなりハードな生活になることをこの時の私はまだ知らなかった。




一週間後、湊さんから

「決まったんなら、早く引っ越して来い。お前を家政婦に雇うから、今雇っている人はもう断った」

というせっかちな連絡が入った。


「お前の引っ越す日付とかもこっちで指定して、引っ越し業者に頼んだから」


湊さんペースで話が進んでいくため、私は部屋の片づけと成瀬書店のアルバイト、専門学校への通学と毎日時間に追われていた。

忙しい日々でもあれから体調を崩すことはなかった。

なぜならアルバイトをしている時、必ず店長の湊さんが食べきれないのでは?と思うほどの差し入れをしてくれたから。


私が成瀬書店の店長が有名アーティストの湊さんとわかってからも、彼が店長でいる時はウィッグとメガネは外さなかった。

だから、アルバイトをしている時はなんだか変な気分になる。

もちろん、アルバイト中は彼と二人きりになったとしても呼び方は「店長」である。



そうこうしているうちに、私は湊さんのマンションの一室に引っ越し、家政婦として働くことになった。

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