「…ふわ…っ。」
目を開ければ、どうやら深夜のようで、外は真っ暗だ。それでも窓から漏れる月の光はぼんやりと病室を明るくしてくれていた。
微かな光を頼りに、俺は辺りを見渡す。夜の病院はやっぱり不気味で、少し怖い。でも、怖いからこそ不安を紛らわすようなヒーローのような存在が俺の手元にはある。
「……むーっ…。」
鉛筆を顎に当てて考える。そう、俺───トラゾーで不安を紛らわすといえば、小説を書くに限る。酷く心が落ち着いて、嫌なことが全部吹っ飛ぶ!…なんてことはないけど、それでも頭の中の8割はスッキリすると言ってもいい。
窓の外から吹き込む微かな夜風は俺の肌をするりと通り抜けていく。冷たいけど、涼しい。寒いけど、心地よい。
永遠にこうだったらよかったのに。
「……っ、はぁ。」
息遣いが荒くなる。鉛筆を持つ手が震えて制御できない。
「……。」
この際だから明かしてしまうが、自分は病気だ。
細かい病名なんてないが、病気なのには変わりない。症状としていうならば、自分が負の感情…たとえば嫌悪感や恐怖感などの感情を抱いたり、運動や怪我をして血を流せば呼吸が速くなり、息も上手く吸えなくなる。
つまり、俺からしたら学校はそんな負の感情をたくさん出してしまうような場所だった。でも、家でもそれは変わりない。
やっぱりただ怖かった。
「…っ、げほ!!」
俺のこの夢が叶わなかった時、今までの努力は何になるのか。作文が選ばれなくなった時、母はどうなるのか。俺がこの病気で苦しそうにすれば、周りの人にどれだけの迷惑がかかるのか。俺がつまづいた時、クラスメイトにどう対応されるのか。
全てが怖くて、”コンティニュー”ばかりを繰り返している。そんな俺が惨めで、情けない。これらを達成した時、達成感はすごいだろう。でもそれはもがき苦しんで、必死に取り繕った跡で、へばりついたような跡でもある。
それが恥ずかしくなるんじゃないかって思うと、この道が正しいのか、時々わからなくなる。
「………寝よう。」
───誰でも良いから、助けてほしい。
……………
チュンチュンと鳴く小鳥の声で目が覚める。起きたのは午前7時で、疲れていたのかよく眠れた気がする。
「………あれ?」
体を起き上がらせれば、目の前にあるものは芯の折れた鉛筆と、俺が書いていた小説だった。けれど、俺の記憶にはないものである。
確かに小説は書いていたし、いつのまにか寝落ちをしていたのもそうだ。けれど、芯を折った記憶なんてないし…
「……字が違う。」
俺が寝落ちしてしまったところから、明らかに違う筆圧で筆跡だった。続きを書いた記憶もない。心霊現象───なんてものは信じないが、それでも誰かが書いたのは確定だろう。
ただ、わからないのは誰が書いたのかということ。
「…………へーっ。」
誰かが書いたであろう部分を読めば、なかなかに面白い筋書きだった。さらに、タイトルも未定だったのにタイトルも勝手に決まっちゃっている。俺が昨日思いついた病院のシーンをサラッと消し去り、上からの殴り書きもしてある。字はさほど綺麗とは言えないけれど、普通に読める程度だった。
「ふはっ、タイトル結構好きかも。」
口から息が漏れる。簡潔だけれどかっこよくて、普段の単語をくっつけただけなのに、語呂も良くて。
俺、大好きだ。この作品───日常ロック!
タイトルを考えた人、中々のネーミングセンスだ。それなのに、その誰かは続きはお前が書けとでも言わんばかりの中途半端なところで止まっている。
俺はそれに少し呆れながらもルンルン気分だった。
───コンコンコン。
ふと、扉からノック音が鳴り響く。俺はそれに「どうぞー!」と返事をしてドアの向こうを見つめる。どうせ看護師とか母なんだろうと思ったけれど、ドアが開いてもその姿は見えなかった。
少し視線を下に移せば、俺と同い年そうな子───ぺいんとくんが、花束を持ってこちらを見つめていた。その瞬間に、ピンときた。だから、挨拶なんかもせずに単刀直入に話を切り出す。
「………お前だろ?この”日常ロック”書いたの。」