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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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火災から、二週間近くが経った。
一花の身体にはまだ至るところに痛みが残っていたが、傷の状態は少しずつ落ち着き始めていた。
自分の足で長く歩くことはできないものの、支えがあればベッドを離れることもできるようになっている。
その日、一花は形成外科の診察室で、神崎と向かい合っていた。
診察を終えた神崎は手元のカルテを閉じると、一花へ静かに視線を向けた。
「傷の状態も、少しずつ落ち着いてきています」
一花は小さく頷いた。
「今日は、顔の包帯を外しましょう」
その言葉に、一花の指先がわずかに強張った。
いつかはその日が来ると分かっていた。それでも、包帯の下がどうなっているのかを考えることだけは、ずっと避けていた。
看護師が一花の背後へ回り、顔から首にかけて巻かれていた包帯を慎重にほどいていく。
布が一枚ずつ外されるたび、隠されていた現実へ近づいていくようで、一花は膝の上に置いた両手を強く握った。
やがて最後のガーゼが剥がされた瞬間、看護師が小さく息を呑んだ。
そのわずかな反応だけで、胸の奥がざわつく。
看護師は一花と目を合わせないまま、手にしていた鏡をそっと下ろそうとした。
「……見せてください」
自分でも驚くほど、声がかすれていた。
看護師がためらいながら差し出した鏡を、一花は震える手で受け取る。
覚悟していたはずだった。
それでも、そこに映った自分の顔を見た瞬間、息が止まった。
左頬から顎、そして首にかけて、赤黒く変色した皮膚が広がっている。
引きつれた肌によって輪郭まで歪み、そこにいたのはまるで別人の自分だった。
これが、自分なのだとすぐには理解できなかった。
無意識に左頬へ触れようとして、指先が傷へ近づいたところで痛みに身体が強張る。
(もう……元には戻れない)
そう思った瞬間、唇が震えた。
「……これが、私」
声にした途端、堪えていた涙があふれた。頬を伝った雫が鏡の上へ落ち、自分の顔を滲ませていく。
どうして、こんなことになったのだろう。
神崎はそんな一花を急かすことなく待ってから、落ち着いた声で口を開いた。
「顔から首にかけての火傷はかなり深いです。傷が治ったあとも、瘢痕や引きつれが残る可能性があります」
一花は鏡を握る手に力を込めた。
「今後は傷の経過を見ながら、植皮や瘢痕を修正する手術が必要になることもあります。治療は長期になると思ってください」
「……元の顔には、戻れないんですか」
神崎は一花から目を逸らさなかった。
「まったく同じ状態に戻せるとは、今の段階では言えません」
一花の胸が、ずきりと痛んだ。
「ただ、傷が治ったところで治療が終わるわけではありません。機能面だけでなく、見た目についても、できる限り改善できるよう治療を続けていきます」
すぐに返事をすることはできなかった。
それでも一花は涙を拭うと、鏡を胸元へ下ろし、小さく頷いた。
病室へ戻ってしばらくすると、俊介がやってきた。
ドアを開けた俊介は、包帯の外れた一花の顔を見た途端、その場で足を止めた。
一瞬だけ見開かれた目を、一花は見逃さなかった。
「……一花」
傷ついたことを悟られないよう、少しだけ笑ってみせた。
「びっくりした?」
俊介はすぐには答えなかった。
何かを言おうとして唇を開いたものの、結局言葉にはならず、視線をわずかに逸らしてしまう。
胸の奥がちくりと痛んだ。
けれど、一花はそれを押し込めるように悠真の顔を思い浮かべた。
「悠真は……もっと苦しい思いをしてるから」
今も病院で眠り続ける、小さな身体。
火傷の治療を受けながら、目を覚ますことなく横たわっている息子を思えば、自分だけがいつまでも立ち止まっているわけにはいかなかった。
「私まで泣いてばかりじゃ、だめだから」
精いっぱい笑う一花を前に、俊介の瞳が揺れた。
「……ごめん」
一花は不思議そうに眉を寄せる。
「なんで俊介が謝るの?」
俊介は答えられなかった。
火災が起きたあの夜、自分がどこにいたのか。
一花が炎の中で母を失い、悠真を守ろうとしていたその時間に、自分は別の女の部屋で眠っていた。
そのことだけは、どうしても口にすることができなかった。
コメント
1件
第14話読んだよ…😭💔 包帯外した後の一花の絶望とか、「これが私」って言葉がめっちゃ刺さった…。鏡の中の自分を受け入れなきゃって葛藤してるところ、感情が痛いくらい伝わってきた。 そして俊介の“ごめん”が何に対してか分かってるだけに胸が重い…。悠真のことを思って無理に笑う一花が強くて切ないよ…次が気になりすぎる…!🌸✨