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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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春子の葬儀が執り行われることになったのは、それから間もなくのことだった。
放火事件として捜査が行われたこともあり、火災から二週間近くが経って、ようやく母を送り出せることになった。
身体の状態を考えれば、病院を出ない方がいいことは一花にも分かっていた。それでも、母との最後の時間だけは諦めることができなかった。
「本当に参列されるんですか?」
車椅子を準備しながら、看護師が心配そうに尋ねる。
一花は迷わず頷いた。
「……はい。母に、最後のお別れをしたいんです」
看護師はそれ以上止めず、一花へマスクを差し出した。傷に触れる部分には、やわらかなガーゼが当てられている。
手鏡の中には、まだ見慣れない自分の顔が映っていた。一花はしばらく傷跡を見つめてから、静かにマスクを受け取った。
「……ありがとうございます」
葬儀場へ着くと、一花は帽子を深く被り、顔の大半をマスクで隠したまま、俊介に車椅子を押してもらった。
入口では、先に来ていた奈緒が待っていた。
「一花」
一花の姿を見つけるなり、奈緒が駆け寄ってくる。
「大丈夫? 無理してない?」
「うん。今日はちゃんと、お母さんを見送りたいから」
「……そっか」
奈緒はそれ以上止めようとはせず、一花の肩に掛かっていた上着をそっと直した。
「何かあったら、すぐ言ってね。私もいるから」
「ありがとう、奈緒」
奈緒は一瞬だけ唇を結ぶと、小さく頷いた。
俊介に車椅子を押してもらいながら参列者の間を進んでいくうち、一花は時折こちらへ向けられる視線に気づいた。
「娘さん……」
「火傷が……」
「かわいそうに……」
声を潜めているつもりなのだろう。それでも、その囁きは一花の耳にはっきりと届いた。
隣を歩いていた奈緒が声のした方へ険しい視線を向ける。
「……いいの」
一花が小さく告げると、奈緒は心配そうにこちらを見た。
今は誰にどう思われても構わなかった。ただ、母のそばへ行き、きちんと最後の別れをしたかった。
やがて白い花に囲まれた棺が見えると、一花の胸が大きく震えた。
葬儀社のスタッフに支えられながら、ゆっくりと車椅子から立ち上がる。一花の様子を見たスタッフは、少しためらうようにしてから静かに声をかけた。
「ご遺族の方だけでしたら……」
そう言って、スタッフが春子の顔を覆っていた白い布をそっとめくる。
母の姿が目に入った瞬間、一花は息を呑んだ。
できる限り処置は施されているのだろう。それでも、炎が残した傷までは隠しきれていなかった。
記憶の中にある母の顔とは、あまりにも違っている。
一花の胸が締めつけられ、瞳から涙が溢れ出した。
「……お母さん」
震える手でマスクを外す。
火傷を負ってから初めて、隠すもののない顔を母へ見せた。
「こんな顔になっちゃったよ」
笑おうとした。
けれど、口元は震えるばかりで、うまく笑うことができない。
目を閉じれば、炎に包まれたあの夜が鮮明に蘇る。
悠真を抱きしめていた母。一花たちを逃がそうとしていた母。
そして最後に、自分の身体を押し出した母の手。
『行きなさい!!』
あの声が、今も耳の奥に残っている。
「助けられなくて……ごめんね」
涙が次々と頬を伝った。
「私だけ逃げて……お母さんを置いてきちゃって……」
何度後悔しても、あの夜には戻れない。
それでも、春子が命を懸けて守ったものだけは、自分が守らなければならない。
「悠真、生きてるよ」
一花は涙を拭うこともせず、母へ語りかけた。
「まだ目は覚ましてないけど……ちゃんと生きてる。お母さんが守ってくれたから」
喉の奥が詰まり、声が震える。
「だから私、悠真のこと絶対に守るね」
母から託されたものを、今度は自分が守っていく。
そう言葉にした途端、張り詰めていたものが切れたように涙が溢れた。
「悠真を守ってくれて……ありがとう」
もう一度名前を呼びたかった。いつものように返事をしてほしかった。
けれど、どれだけ待っても母の声が返ってくることはない。
一花はその場に崩れ落ちるように泣き、俊介が後ろからそっと肩を支えた。
少し離れたところでは、奈緒も口元を押さえ、目に涙を浮かべていた。
これが母との、本当の最後のお別れだった。
葬儀が終わりに近づき、参列者たちが順番に春子へ花を手向けていく。
一花も俊介に支えてもらいながら棺の前へ進み、白い花を受け取った。
奈緒もすぐそばに付き添い、一花の様子を気に掛けている。
けれど、火傷を負った手にはまだ十分な力が戻っていなかった。震える指先から、花がするりと床へ滑り落ちる。
「あ……」
一花が拾おうと身体を屈めかけた、そのときだった。
細い指が、一花より先にその花を拾い上げる。
「どうぞ」
一花は差し出された花を受け取りながら、ゆっくりと顔を上げた。
そこに立っていたのは、見覚えのない美しい女性だった。
耳元では、小さな蝶をかたどったピアスが揺れていた。
コメント
1件
葬儀の場面、胸がいっぱいになりました。一花さんがマスクを外して火傷の顔を母に見せながら「こんな顔になっちゃったよ」って言うところ、涙が止まらなかったです。悠真を守ると誓う姿に、春子さんから託された命の重みを感じました。最後に現れた蝶のピアスの女性、気になります…続きが待ち遠しいです。